ヤマナシ

12月7日

  お願いしていた楽器が出来たとのことで受け取りがてら山へ行ってきました。
 
■地形を読んで
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 大奥山の造林事務所脇に車を止めさせていただき、地形図とコンパスを頼りに尾根を登りました。
地形図には尾根上に道があるようになっていますが、月日がそれらを消していて、葉の落ちたリョウブなどの疎林を誰にも会うことなく、静かな山歩きが出来ました。 新緑や紅葉の季節は素晴らしいと思います。
寧比曽岳の山頂までは上り1:30、下り0:40でした。
山に雪が着いたらまた来ようと思いました。

■金蔵連の田んぼ
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 すっかり冬枯れの風景になっていました。
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 ヤマナシの葉がきれいに色づいていました。
稲刈りの頃たくさんなっていたヤマナシの実も、さすがに数が減っていました。
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 9月24日撮影時のヤマナシの実です。
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 少し家に持ち帰り食べたときに撮った写真です。長十郎の原種とも言われているだけに似たようななつかしい味でした。
ただ、子どもの頃田舎で食べた味は、もう少し渋みがあったように思います。
ちなみに上記ヤマナシの実は、ピンポン玉くらいの大きさですが、田舎のヤマナシはサクランボを一回り大きくしたくらいでしたから、当時はヤマナシと言っていたのですが、ミチノクヤマナシの系列だったようです。
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 気温が8℃しかなかったので、石垣を丹念に探すと、ヒメアカネとオツネントンボを各1頭発見できました。
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■御内小学校跡
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 コンサートの時はイチョウが黄色く色づいていましたが、木々の葉も落ち、静かに冬を迎える雰囲気がありました。
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 そんな中、渓流に面した斜面には、真っ赤なアオハダの実が輝いていました。


神越渓谷のミヤマアカネ

11月16日
『カエルの分校』の人たちと神越渓谷を歩いたとき、ミヤマアカネを観ることが出来ました。
今の季節にはめずらしく、みんなでしっかり観察しました。
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↑ ミヤマアカネ♀です。さすがに翅が痛んでいますが、子孫は残せたようです。
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↑ ミヤマアカネ♂です。
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↑ 例年12月半ばまで観ることの出来るヒメアカネは、連結して産卵をしていました。
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↑ ミヤマアカネとヒメアカネがいた小さな流れをのぞき込む分校の人たちです。
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↑ 渓谷の紅葉は、例年より遅れ気味でしたが、それでも私たちの心を十分に癒してくれました。
一番下の写真は、大見発電所の取水堰の水面に移った山の紅葉です。

遅い昼食の後、矢澤さんの田んぼにも寄って来ました。
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↑ 百子さんが畑仕事をしてました。リリーも元気でした。
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 ↑ オオアオイトトンボが産卵していました。
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↑ズボンにとまり、交尾するオオアオイトトンボもいました。
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↑ ヒメアカネ♂もがザックの上で日向ぼっこです。
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↑ イナゴの交尾です。 生きものたちは子孫を残すのに一生懸命です。(上の小さいのが♂)
人間も生きものの仲間ですから、年頃になったら、結婚して、SEXをして、子孫を残すことが自然なことなのですが、そうでない人が増えているようです。
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↑ けものの足跡もありました。
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↑ カモシカの糞もありました。
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↑ ヨメナや
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↑ アキノキリンソウ、
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↑ ウメバチソウ、
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↑ リンドウに
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↑ 時期外れのキセルアザミも咲いていていました。
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↑ 今の時期、ほとんどのキセルアザミはこの状態です。
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↑ ヤマナシがまだ沢山実をつけていたので、みなさん方が、少しいただいて帰りました。
ほとんどの方は果実酒にするようですが、生で食べる方もいました。
長十郎のような、なつかしい味がします。



佐渡の旅

「佐渡おけさ」や「砂山」に歌われた佐渡は、一度は行ってみたいと願っていましたが、「第6回ため池シンポジウム」が佐渡で開かれることとなり、その参加のために、11月4日から6日の僅かな時間でしたが、初めて佐渡を訪ねることが出来ました。

■直江津から小木へ
佐渡へ向かう船のルートは、①新潟から両津 ②寺泊から赤泊 ③直江津から小木の3ルートあるのですが、愛知からの最短距離であること、シンポジウム会場や宿に近いこともあり、直江津から佐渡へ入りました。
ただ、4日午後のフェリーは16:10発しかないため、名古屋発8:00のワイドビューしなの3号に乗り、出航までの3時間を使って、上杉謙信の居城であった春日山城跡などを見ることが出来ました。
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↑ 春日山城跡から見たかつての越後高田と直江津方面です。(現:上越市)
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↑ 城跡の所々にアキアカネがいたのは、新潟のコメ作りが農薬漬けでないことの証で、うれしいことでした。
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↑ 直江津出航時フェリーを見送るカモメたちです。
もっとも、彼らの目的は、船客の与えるエビセンのようでした。
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↑ 遠ざかる直江津港です。
約2時間40分の船旅ですので、明るい時間だったら景色が楽しめたと思います。
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↑ 小木港です。 (18時50分着)
赤泊の宿へは、お出迎えいただいたシンポ主催者の車で19時半頃着くことが出来、一年ぶりの先生方と食事を共に出来ました。
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↑ 翌日、宿のベランダから見た朝日です。 (5日 6:26)

■朝の散歩
 宿は城が浜と言う海辺にありましたので、謂れをお聞きすると戦国時代に腰細城と言う港を守るための小さな城があったとのことで、朝食後に訪ねることにしました。
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↑ 民家の間の小道を上がり、林道に出たところで右手に進路をとり、耕作地の奥の標高50mほどの所にそれらしい平坦な所がありましたが、訪ねる人がいないらしく、木々が繁茂し、海は見えませんでした。
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↑ 城跡から林道を更に北へと上がると、舗装された道へ出ました。
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↑ 農道徳和浜線が北へと伸びていました。
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↑ 標高90mほど上がった所に、立派な出作り小屋があり、
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↑ ジュクジュクした田んぼと、はざがあって
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↑ 小さなため池もあり、
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↑ オツネントンボや
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↑ アキアカネの連結産卵を観ることが出来ました。
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↑ 真っ赤に色づいたガマズミの実や
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↑ クサギの個性的な実のほか、
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↑ たわわになったナナカマドの実も観ることが出来ました。
標高100m近くまで上ったところで引き返しました。
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↑ 腰細の民家です。
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↑ 腰細川の流れる谷間と背後の山々です。
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↑ 宿へは9時半近くに戻りました。

■フィールドワーク
ため池シンポジウム第1目の午前中は、「民話の里のため池散策」として、旧赤泊村に点在するため池を、午後は「岩首の棚田」をご案内していただきました。
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↑ 最初にご案内いただいたため池です。
屋敷に隣接しているのでお尋ねすると、以前は屋敷を囲うようにあったのを一部埋め立てたとのことでした。 (環濠集落と同じ考え方のようです。)
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↑ 赤泊のため池を10ヶ所ほど回ったのですが、ほとんどが個人所有の小さなため池で、平坦部が少ない佐渡のため池の特徴のようです。

ため池のほかにも、キャンプ場や名水をご案内いただきました。
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↑ 標高440mほどの峠にあった「いっぺえ清水」(一杯清水)です。
車で来た私たちでもおいしく感じたのですから、かつて歩いて峠を越える人たちにとっては、どんなにかおいしかったことと思います。
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↑ 標高500m地点にある爪の沢キャンプ場です。
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↑ 赤泊のため池や名水などをご案内くださった赤泊の佐藤一富さんです。 歴史や地理にも詳しい、素晴らしい方でした。
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↑ 名水ワニ清水です。 佐渡一番の湧水量との、こんこんと湧く水はとてもおいしかったです。
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↑ ワニ清水の民話を語る赤泊民話語り部の会の方です。

ここで一度山を下り、岩首のシンポジウム会場で食事をし、再び棚田へ向かうことにしました。
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↑ 岩首談義所(旧岩首小学校)です。
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↑ 岩首の棚田と、ご案内くださった棚田おじさんこと大石惣一郎さんです。
将来とも、この景観が残り、棚田にトキが舞うことを願ってられます。
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↑ 数は少なかったですが、アキアカネの姿を見ることが出来ました。

なお、フィールドワーク以外のシンポジウム内容については、後日、「残そうため池」にアップ予定です。
私も、「赤とんぼとカエルと田んぼとため池」のタイトルで、身近な生きものが各地で消えていること、田んぼやため池は、生きものにとっても大切な空間であること、これ以上それらの生きものが消えないようにするためにどうすれば良いかなどのお話をさせていただきました。

今回の旅は、シンポジウム参加が目的であったこともあり、佐渡については、ほんの少し見ただけですので、ぜひ、再訪問し、自分の足で、いろいろ見て見たいと思いました。
新種かも知れないサドガエルや、標高560mの尾根近くにある乙和の池などはトンボの季節に、ぜひ、ゆっくり見たいと思います。





自然の中のコンサート

イチョウの葉が色づく頃、毎年楽しみにしているコンサートがあります。
会場は、紅葉の名所・香嵐渓から車で30分ほど山へ入った、小さな小学校跡です。
開くのは、廃校になった御内小学校校舎で楽器作りをされている伊藤修さんです。
コンサートは無料で、来場者には、毎年、小さな楽器がプレゼントされます。
つまり、全てが伊藤さんの音楽を愛するボランティア精神で開かれているのです。
会場は、背後に神越渓谷が流れる自然の中で、木造校舎のある校庭ですから、雰囲気は申し分ない上に、そのような伊藤さんの心意気に出演を希望する方々が多いのは言うまでもありません。
10月23日に開かれた今年は、大阪は和泉市からの出演もありました。
来年は、ぜひ、あなたも聴きに来るか、演奏に参加されたらいいです。
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 ↑ オレンジ色のTシャツの方が主催者の伊藤さんです。
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 ↑ 大阪府泉南市から駆けつけたカダリナアンサンブルONWAさんです。大阪の人らしく明るくのりのりのステージでした。
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 ↑ 浜松市から来られた音心のえんじろうさん(オカリナ)と亮子さんです。
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 ↑ 今年のプレゼント『だれでも吹けり~ナ』の模範演奏をされる1212(トエルブトエルブ)のいがりまさしさんです。いがりさんは音楽家と植物写真家の二つの顔を持ってられます。
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 ↑ 16番目のトリを務めたコンフント西三河さんです。
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 ↑ アンコールは会場の子供たちも交えての楽しい演奏でした。

平野に生きていた赤とんぼ

■10月26日 夜
 ビッグニュースが友人のSさんから飛び込んで来ました。
刈谷市野田町に住むSさんの家から南西に600m、新幹線の三河安城駅からは西へ3Kmほどの、田んぼと国道の間の土手で100頭ほどのアキアカネがいたとの連絡です。
私たちの住む愛知県の平野部から群れ飛ぶアキアカネがその姿を消して10年ほどになりますから、それはすごいことなのです。

 東京生まれのSさんは、ちいさな自然であっても、とても大切にされる方で、なつかしい生きものたちが安心して世代交代できるようにと、耕作放棄した棚田を水辺として再生し維持管理するなど、地道な活動を続ける傍ら、家の近くの自然を見つめて来られたのです。
これまでにも数頭のアキアカネがいたとの連絡はありましたが、今回は桁が違います。
発見の動機は、今日は風があるのでトンボたちは風を避け、陽だまりで休んでいるのでは…との予測を立て、そのようなところをつぶさに観察しての快挙でした。
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 ↑ アキアカネなどが休んでいた国道沿いの土手です。

■10月27日 生息調査
 せっかくの情報で、すぐにでも飛んで行きたかったのですが、7月30日の左眼網膜剥離手術に続き、今日の午前には右眼の網膜裂孔のレーザー手術があり、車の運転が出来ないので諦めていたら、昼前にSさんからお迎えに行きますとの嬉しい電話。
ご好意に甘えて、久々にアキアカネの群れを見ることが出来ました。

■調査結果
 調査は、Sさんと2人でラインセンサス法で実施しました。
 なお、トンボは小さいので、ゆっくり歩きながら半径5mの範囲のトンボを目視で確認しカウントしました。
  ☆確認された赤とんぼの内訳
    アキアカネ+ナツアカネ♂+不明=124頭
    ♀については、捕まえてないので種の判定をしていません。
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 ↑朝日幼稚園を背景に休むアキアカネ♂です。
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 ↑朝日幼稚園や朝日小学校を背景に飛ぶアキアカネ♂です。
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      ↑ナツアカネ♂です。
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 ↑国道495号線を背景に休むアキアカネ♂です。
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 ↑ 田んぼの周囲を流れる明治用水の枝用水です。幅は70cmから2mほどあります。
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 ↑ 水は透明で、ところどころに泥がむき出しになっていて、タニシ、メダカ、イシガメ、ミズオオバコなどが確認出来、産卵場所である可能性の高い用水でした。
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 ↑調査結果のまとめです。
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 ↑ 朝日中学校を背景に休むアキアカネ。 (Sさん撮影)
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      ↑ 午前中に嵯峨さんが見つけたノシメトンボ。 (Sさん撮影)
         他にもう一頭いたとのことでした。

■今後について
 調査が終わる頃、カエルの分校のYNさんとNSさんが応援に駆けつけてくれたので、しばらく一緒に観察した後、今回見つかった赤とんぼたちが今後世代交代を続けて行けるようにするための今後のことについて、コーヒーをご馳走になりながら、打ち合わせをしました。 YNさん、コーヒーご馳走様でした。
結果は、次の通りです。
 ①農家の方々と接触し、お礼と、ご協力のお願いをする。合わせて、全国的にアキアカネなどが激減していることを、多くの方に知っていただく。
 ②地元の方々に、貴重になった赤とんぼが半城土に生息していることを知っていただく。
 ③来年秋には、地元の子供たちと、赤とんぼの学習会が出来るようにする。
 ④今回のまとめをする。(済)
 ⑤新聞やTVなどにも協力いただき、赤とんぼが激減していることや、かろうじて生き残っていた所が見つかったことを取り 上げていただく。
 以上でした。

■補足
 赤とんぼたちは国道419号の南側法面の草地を休息の場所としているようです。
なお、今回は調査時間が14~15時と遅かったこともあり、連結ペアや産卵は確認できませんでした。
どの個体も縄張り争いをすることもなく、日向で休んでいる感じで、稲刈りの済んだ田んぼ側にいる個体は数頭でした。
今後、産卵の現認または来春のヤゴの調査を実施したいと思います。


やはり戻ってなかったアキアカネ

■坂折の棚田
 10月12日、昨年に続き、アキアカネの調査で恵那市中野方にある坂折の棚田(全国棚田百選のひとつ)を訪ねました。
 結果は、昨年同様、アキアカネはゼロでした。
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                   ↑ ミヤマアカネの成熟♂です。
3頭だけでしたが、ミヤマアカネがいたのがせめてもの救いでした。
ミヤマアカネはアキアカネと違い、産卵と幼虫の生息場所は緩やかな小川ですので、コメ作りの農薬の影響が少なかったようです。 

赤とんぼが消えていく中で

■コスモス
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 子供の頃、コスモスの花が好きでした。
それは、花びらが一重ですっきりしているのと、風にそよぐ様子がやさしく感じられたこと、そして秋祭りの頃に咲くからでした。
しかし、近頃は田んぼ一面にコスモスを咲かせることが流行のせいか、複雑な想いで通り過ぎます。
赤とんぼたちにとっては、農薬や圃場整備だけでなく、田んぼを田んぼとして使わない、春の菜の花や夏のヒマワリ畑にして楽しむことも、同じ罪を犯していることになります。

 赤とんぼの代表アキアカネが各地で減っていることは以前にも触れましたが、田んぼを本来の目的以外に使うことが、赤とんぼたちの減少要因のひとつになっていることを知らない人が多いように思います。
コメ余りや米価の低迷を考えれば減反政策も止むを得ないことかも知れませんが、せめて、花を植えて楽しむくらいならば、トンボたちが産卵出来るように田んぼに水を入れたり、田んぼを乾燥させずジュクジュク状態にしてもらえたら、赤とんぼも、カエルたちも命をつなぐことが出来るのです。
「わぁ!きれい!」と喜んでいるのではなく、かつては日本の秋の原風景でもあったアキアカネを復活させたいものです。
コスモス咲く畦や土手のある田んぼの上空に赤とんぼが群れ飛ぶ…、そんな風景をみんなで取り戻したいと願います。




ヘビが減った。

 例年、この時期、カエル谷で作業をしていると、半日で2~3匹のヘビを見たのですが、今年はヘビに出会うことが稀になりました。
目撃したことは無いのですが、イノシシが増えたことでヘビが食べられ減ってしまったと言う方がいますが、実際のところはどうなんでしょうか?
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 ↑ 今年初めて写真に撮れたマムシです。(今後、絶滅危惧種になるのかも?)
カエル谷を見学に来られたお客さんと一緒に、池の辺でトンボや蛙を見ているときに、観念したのか足元の草の間から泳ぎだしました。捕まえて食べたりしないのですが、ヘビにとっては人間も脅威に写るようです。       (2011.6.25)

生きる

 日本には捕鯨の文化があり、古くから鯨を食べていました。
しかし、食べない国の人たちから見たときに、それは野蛮と写り、調査捕鯨船だけでなく、古くからの捕鯨の町であった太地町まで、反捕鯨団体の執拗な攻撃を受けています。
彼らは自分たちを善と思い込んでいるようです。
でも、彼らは、牛肉などを食べているのですが、クジラもウシも同じ生きものとの見方は無いようです。
 残酷に見えるかもしれませんが、人も、野生の生きものも、生きるために、命を奪い食べることは仕方の無いことに思います。要は、無差別であったり、必要以上に捕ったり、食べ物を残すことこそ、戒めなければならないように思うのですが。
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 ↑ メダカを捕らえた○○の1~2齢幼虫です。(2011.6.23 カエル谷にて)


プールのヤゴの救出

■6月3日 五ヶ丘東小学校
 雨で一日延ばしたのが功を奏し、太陽が輝く中で、恒例になった『プールのヤゴ救出大作戦』になりました。
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 ↑ さー、今から『プールのヤゴ救出大作戦』です。 全体の指揮は、四年生担当の森先生です。
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 ↑ ヤゴの救出は、全学年プールして6班に分け、作戦は2回に分けて行われました。
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 ↑ 長靴の中がモゾモゾすると言うことで、覗いて見ると、
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 ↑ ウスバキトンボのヤゴが入っていました。踏んづけないでよかったですね。
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 ↑ 日頃、子どもたちには、プールも立派なビオトープ(野生のいきものの生息空間)と言っているのですが、ヤゴ以外のアマガエルや、マツモムシ、ミズムシ、ボウフラ、ミジンコなど、いろんな生きものを捕まえ、プールが生きものたちにとっても大切な場所になっていることを実感し、救ってあげたことで、子どもたちは満足げでした。
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 ↑ 校長先生も、うれしそうです。
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 ↑ 救出したヤゴの仕分けです。一部は、観察のために全員が里親になります。残ったヤゴや生きものは学校のビオトープに放しました。一年生のために、上級生がヤゴを選んであげる様子も見せていただきました。
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 ↑ プールに入る一年生に手を貸してあげる上級生たちです。五ヶ丘東小学校の子どもたちは、助け合いの精神が生きています。
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 ↑ 羽化殻も23ヶありました。
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 ↑ 閉会のあいさつをされる森先生です。
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 ↑ 『プールのヤゴ救出大作戦』を終えた後、上級生たちは、残ったヤゴや、プールのゴミを片付けました。

 結局、500頭近いヤゴを救出することが出来ました。
ヤンマの仲間だけでなく、ウスバキトンボの羽化も確認できました。
お手伝い出来た『カエルの分校』の人たちにとっても、うれしい一日でした。
なお、昨年度まで五ヶ丘東小学校におられたT先生は、『カエルの分校』に入られ、一緒にサポートされました。


思い出の藤原岳

4月7日

 残雪の藤原岳に行って来ました。

■きっかけ
 コンパスくらぶのTさんから「花の藤原岳へ行きたいので、誰か連れてって…」との話が出ました。
私と違い、優しいSさんが骨を折り、湯ノ山温泉一泊での楽しい山行計画が出来、その日の来るのを心待ちにしていましたが、肝心のTさんは、都合で不参加。結局、Sさん、Iさん、Yさん、私の4人で行って来ました。
 当初、初日はのんびり湯ノ山へ向かい、翌朝、宿を早く発って登る計画でしたが、二日目は雨の予報に、急遽、初日に早立ちしての登山となりました。

■コース
 コンパスくらぶらしく、人の多いルートは避け、地形図とコンパスを頼りに北側の山口と坂本谷の間の尾根を登りました。
 おかげで、稜線で3人+1名に遇っただけの静かな山行となりました。(山頂は外し、天狗岩まで)
 平日とは言え、大貝戸、聖宝寺両コースとも、人人人だったとのことでした。
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↑ 平成14年7月および平成15年8月豪雨の影響と思われる亀裂状の溝が、いくつかの沢の源頭部に入っていました。
 長い歴史を考えると、こうして山はその姿を変えているようです。
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 ↑ 木の間越しに見る鈴北、御池岳方面です。
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 ↑ 昔と比べたら少ないですが、ここ10年ほどでは残雪が多いようです。
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 ↑ 稜線近くを高圧線の鉄塔目指して登るIさんと、Sさんです。
鉄塔周りの草地は、風の通り道になっているためか、雪が付いていませんでした。
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 ↑ 三角点「頭陀ヶ平」(1,143.4m)です。
三角点の周囲は、高圧線の鉄塔が立ったことで、昔とはすっかり変わり、裸の山になっていました。
これらのことで山の保水力が低下し、土石流が発生しやすくなっているように思います。
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 ↑ 鉄塔のあるところから100mも行くと、稜線は、雪で覆われていました。

■花
 藤原岳と御池岳を結ぶ主稜線には残雪がところどころにあり、フクジュソウはほとんど咲いていませんでしたが、私にとっては40年ほど前に通い続けた思い出の山ですので、地形図を頼りに、たくさんの花々に出会うことが出来ました。
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 ↑ フクジュソウです。
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 ↑ セツブンソウや
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 ↑ ミスミソウも咲いていました。

■なつかしい思い出
 真の谷に一週間テントを張ってスキーをしたこと。
 豪雪のため、二日目にして山頂に辿り着いたこと。(雪洞で寝ました)
 政所から茨川経由で土倉岳、ボタンブチへと登ったこと。
 藤原岳の小屋に泊り、スキー場の潅木を大鎌で刈ったこと。
 窓辺で星を見ながら、小屋のおじさんと夜遅くまで語り合ったこと。
 下界の菜の花を見ながら、Tシャツ一枚でスキーをしたこと。
 アトムと呼んでたMMさんとの楽しかった日々。いっぱいいっぱいありがとう。
 得がたい人だったのに、生活力のなかった当時の僕は受け止めてやることが出来ず、バカな自分でした。
 みんなみんな、藤原岳とその周辺での、暖かく、なつかしい青春時代の思い出です。

■けものたち
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 ↑ シカの角研ぎ痕です。
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 ↑ 上2枚は、シカの食痕です。厳しく長い冬を、木の皮を食べて生きていたようです。
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 ↑ シカの糞です。
 他にも、テン、ノウサギ、キツネ、イノシシなどの痕跡がありました。


 宿には17時半頃入り、一風呂浴びて、酒盛りで楽しい夜が過ぎて行きました。

猿投山 西尾根への取付点 (広幡および海上から)

A:広幡八幡神社から (2011.1.28)

  ほとんど歩かれてないルートですが、市境である猿投山西尾根へは、枝尾根を北上することで辿り着けます。
 秋、冬、春、それぞれの良さがあります。

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 ↑ お薦めスタート地点の広幡町八幡神社です。
 神社入口に10台ほどの駐車スペースがありますが、公民館用ですので、無断駐車とならぬよう、地域の方にひと声かけ、OKを頂いてからご利用ください。
 広幡八幡神社の社叢林は(鎮守の森)「トトロの森」の雰囲気があり、豊田市内でも指折りで、市の指定を受けています。
かつて、海上と広幡に知人の窯場があったこともあり、30年ほど前から、夏場を除き、この尾根を利用していました。
 時期を選んで夜に来れば、フクロウや、アオバズク、ムササビなどにも出会える楽しみもあります。 

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 ↑ うっそうとした木立の中を、少しゆがんだ石段が天へ向っています。
 夜、来られるときは、懐中電灯など点けないで、月と星の光を頼りに登ってください。そすることで、野生生物の世界へ入ることが出来ます。
 「急な石段で、とても下れないよ!」 ご心配ありません。下りは、迂回路を使ってください。

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 ↑ 本殿のある境内の北の祠がある裏から西尾根へ向って伸びる枝尾根です。
キツネ、イノシシ、テンなど、けものたちの気配がします。

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 ↑ こちらも西尾根へ向う枝尾根です。

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 ↑ 県の設置した境界柱(瀬戸と豊田の市境)が出てきたら猿投山の西尾根です。
八幡宮からは800mほどの距離で、標高差は80mほどです。

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 ↑ 三角点のように花崗岩(御影石)で出来た境界柱もありました。やや前の年代に設置されたものと思われます。
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 ↑ 市境である西尾根から三角点「西広見」へ伸びる尾根です。
猿投山頂を目指す私たちは分岐に荷物を置き、往復しました。

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 ↑ 三等三角点「西広見」(235.9m)です。

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 ↑ 物見山へ向う途中の西尾根から木の間越しに東南東に約920mほどのところにある「天神山」(約280m)です。
 豊田市周辺では、矢作川の東にある「村積山」(岡崎市 256.9m)と共に、均整の取れた美しい山ですが、ほとんど知られることもなく、静寂の中にあります。
山頂にはちいさな天神様が祭られていますが、今は土地の方も登られる方は少ないようです。
 猿投グリーンロードの八草料金所から力石方面へ1.7Kmほど走ったとき、左手前方に見える山です。

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 ↑ 物見山からの眺めです。名古屋駅近くのツインタワーが見えました。

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 ↑ 眼下には海上の集落が見えました。

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 ↑ 三条峠近くは雪が積もっていました。

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 ↑ 山頂近くからは、雪の御嶽山が見えました。

     以下省略。

 この日は、猿投神社側の登山口にも車を待機させておきましたので、帰りは猿投グリーンロードを加納インターで入り、東八草インターへ向いました。
 日没が速く、長いコースだったので、お茶する時間が取れなかったのがメンバーにとっては心残りだったようです



B:海上の森センターから (2011.3.23)
  
  愛・地球博(万博)で、すっかり有名になった海上の森から西尾根に取り付きます。

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 ↑ スタート地点の「あいち海上の森センター」です。
(注意)
  海上の森センターは、月曜日および年末年始が休館。 月曜日が祝祭日の場合は翌平日休館となり、
  9:00~17:00会館ですので、駐車場も17:00で閉まります。

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 ↑ 吉田川です。 増水時以外は、適当なところから対岸へ渡れます。
 私たちは、センターの駐車場を出てから吉田川に沿って東へ250mほど行った所から対岸に渡りました。

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 ↑ 小さな尾根へと斜面を登りました。

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 ↑ 尾根を上がって行くと、木で出来た四角い構造物が突然現れました。
 「こんな山の中に何だろう?」 

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 ↑ 展望台のようで、近くには遊歩道がありました。 
 万博のとき造られたようです。

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 ↑ 「物見の丘」と表示があり、万博のとき造られた展望台でした。
 登って見ると…

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 ↑ 北北東には雪の御嶽山が見えました。 直線では85kmほどの距離です。

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 ↑ 西から北西にかけては愛知県陶磁資料館や瀬戸のデジタルタワーが見えました。 
 西風が吹いた翌日の冷え込んだ午前の早い時間に来れば、白山などもくっきり見えそうですが、この日は霞んでいました。

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 ↑ 遊歩道の案内標ですが、私たちはこれらの道は使わず、林を横切り、南東の市境尾根を目指しました。

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 ↑ 愛知工業大学用と思われる給水タワーです。 

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 ↑ 給水塔の東に有刺鉄線がありましたが、通れるようになっていました。
 奥へ行くと大学の建物も見えて来ました。
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 ↑ 更に進むと猿投山が見えて来ました。

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 ↑ 市境は大学構内を通っているため、進路を東へ取り、沢を横切って急斜面を登り返した尾根上には踏み跡や、テープがありました。

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 ↑ 尾根筋には椿の花がたくさん咲いていました。

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 ↑ 尾根上に二つある210mほどの高まりの西側のピークです。北へ伸びている尾根を辿れば「赤池」に出ることが出来ます。 (後記

 このピークから南東へ600mほど行った地点が、三等三角点「西広見」への分岐になります。

     以下省略


※参考
 「物見の丘」へは、「海上の森センターの南門」から数分で行くことが出来ました。(地形図上は未表示)
 なお、南門へは、電車の場合、愛知環状鉄道「八草駅」(リニモ「八草駅」併設)からは北北東へ1.1Kmほどの距離で、車の場合は、「瀬戸・万博記念公園」からは南南東へ200mほどの距離にあります。

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 ↑ 「海上の森センターの南門」です。愛知工業大学との境にあります。
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 ↑ 「瀬戸・万博記念公園」です。 ここの駐車場はゲートがありませんので、
閉門時間を気にする必要はありません。


C:赤池から  (2011.3.23)

 吉田川の砂防池である「赤池」の南に隣接する枝尾根から猿投山西尾根に向うもので、標高差60mほどで、すんなり西尾根に辿り着けます。

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 ↑ 海上の森センターからはハイキング道を吉田川に添って遡ります。

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 ↑ 「赤池」です。 海上の森センターからは900mほどです。

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 ↑ 堤体を横切り、左岸の山裾を上流に向い、流れが細くなった辺りで南側(進行方向右手)の尾根に取り付きます。

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 ↑ 前述の210mピークの西側です。
赤池上流部の尾根取り付き点からは15分ほどです。
地形がはっきりしていますから迷うこともないでしょう。

     以下省略


D:椀貸池から

 コースは二つ取れ、一つは胸形神社境内から尾根に取り付き、
三等三角点「西広見」経由で猿投山西尾根にたどり着くもの。
(猿投山縦走の記の逆ルートになります。登りに使うほうが判りやすいです。)
 もう一つは、椀貸池中央奥の尾根を経由して猿投山西尾根に辿りつくものです。(省略)



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 ↑ 八草方面からの西尾根取り付き点の概念図(国土地理院の地形図より)です。 (左クリックし、拡大してご覧ください。)








猿投山を縦走 (三つの三角点を訪ねる)

 愛知県の瀬戸市と豊田市の境に位置する猿投山は、東海自然歩道が通り、
街に近いこともあってか、愛知県で一番とも言われる人気の山です。
 一方、人が多いのでつまらないと言う人も大勢おられます。
確かに山の魅力の中には、静かなことや、発見の喜びもありますので、
敬遠される方の気持ちも理解出来ます。
でも、それらは一般ルートを歩いた場合の話で、地形図とコンパスを使い、現在地と向う方向を確認し、五感で自然を感じながら歩けば、まだまだ魅力一杯の山歩きが出来る山域です。

 中高年の登山ブームとともに、登山の基本を学ばないまま山へ入る方が多いせいか、
「道迷い」による遭難騒ぎが各地で後を絶ちません。
地形図とコンパスを使いこなし、迷うことなく山を歩けるようにとの講座がきっかけで、受講生の方々が作られた「コンパスくらぶ」と言う山の会。
 仲間たちに引っ張り出されて、久々に猿投山を歩いてみました。



■迫から八草へ (2011年2月4日)
 
 このコースは猿投山を東から西へ縦走しながら、三つの三角点を訪ねることが出来ます。 
 平面上の直線距離は約8.3Kmありますので、所要時間はメンバーの読図能力、山歩きの経験、体力などでバラツキが出ます。
 なお、日没が早い季節に歩かれるときは、万一を考えてヘッドランプを持って行かれるのが良いでしょう。

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 ↑ 旧藤岡町の迫(はさま)の磯崎神社と猿投山です。赤い屋根は農民武術「棒の手」(藤牧検藤流)を奉納する舞台です。
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 ↑ 登り始めの斜面です。この季節はクモの巣もなく、ハチやヘビもいませんし、何と言っても林の中が明るいです。
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 ↑ 三等三角点「深見」に向う尾根筋です。
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 ↑ 途中、木々の間から、東の宮の背後にある猿投山の最高点(632m)から南へ伸びる尾根が見えました。
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 ↑ 三等三角点「深見」(316.5m)です。
先回訪ねたとき置いていった50円玉が消えていたので、今回はご縁があるようにと5円玉を置きました。

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 ↑ 獣道がいくつか通る雰囲気のある尾根筋でした。
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 ↑ 形状と高さからカモシカが角を研いだ跡と思われます。
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 ↑ 人間も獣も、尾根を辿るのが一番です。
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 ↑ 私たちと同じように地図とコンパスで辿った人がいるようです。
ただ、テープの貼付けは、地形を読めない人がそれを頼りに迷い込む恐れがありますので、自分たちが引き返すために付けているのであれば、かつて冬山などで岳人たちが使った赤布を用い、帰りには外すようにしたいものです。
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 ↑ 北一色から猿投山の最高点を結ぶ尾根の一部が見えました。
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 ↑ 時折、ガサゴソと獣が歩く音が聞こえ、モミやツガの巨木も目にすることが出来、一般道にはない新鮮な気持ちが味わえました。
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 ↑ 540mピークです。
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 猿投山の最高点(632m)を振り返ったところです。東の宮の東方40mほどのところにあります。
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 ↑ 東の宮と三角点のある猿投山の山頂を結ぶ一般道(東海自然歩道)に出ました。
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 ↑ 三角点のある猿投山の頂です。以前は木立に覆われて神聖な感じがしてましたが、展望を確保するためでしょうか一部が伐採され、北側が開けていました。
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 ↑ 一等三角点「猿投山」(628.9m)です。
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 ↑ 演習林内立入り自粛を呼びかける東京大学の看板です。
稜線から北側の大半は東大の演習林になっていますが、無断で樹木を伐採したりする人が出てきたためこのような看板が設置されるようになりました。

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 ↑ 食事は山頂より西へ標高差で80mほど下った風が当たらない陽だまりでとりました。

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 ↑ 食事をとった近くに、存在感のあるアカシデ(カバノキ科)がありました。
芽吹きのときに再び訪ねたいと思いました。

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 ↑ こちらのアラカシ(ブナ科)も中々立派でしたが…
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 ↑ アラカシには「ナラ枯れ」現象が認められました。
カシノナガキクイムシのマスアタックを受けてフラスが出てましたので、数年後には枯れると思われます。
 薪炭など森林の利用が減り、森林に人が入らず放置されることで、「ナラ枯れ」など、これまであまり経験のなかった森林の不健康現象が、今後も各地で起きて来ると思われます。
他にも50年以上は経ったと思われるコナラなどが「ナラ枯れ」の被害に遭っていました。
 「炭焼き」の経済性を高め、森林の活性化(健康維持)が出来たらと思います。
人工林に限らず、今、日本各地の山は、木を植えることよりも、適度に切り、それを活用することが急務に思います。
ただ、切りっ放しで、森の中に放置するのはよくありません。
切った木や竹は、出来るだけ早く山から出し、活用することです。そうすることで森林の健康と景観は維持出来ます。

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 ↑ 三等三角点「折平」(628.3m)のある「折平山」です。
「折平山」は、静かで、歴史があり、中々いい山です。一般ルートとしては、北戸越峠から山頂を目指す稜線がお奨めです。
 猿投山の山頂から西へ伸びる「西尾根」は、所々、北側の展望が開け、冬場ですと白山や御岳、恵那山、中央アルプスなども見れます。

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 ↑ アンテナが林立しているのが三等三角点「三国峠」(701.0m)のある「三国山」です。

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 ↑ 小長曽陶器窯跡から猿投山西尾根へ伸びる尾根(北尾根)です。 
 中々良いルートでしたが、無断討伐問題などがあり、立ち入るには、東京大学愛知演習林長の許可が必要です。

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 ↑ 「赤猿峠」です。南の猿投町広沢から瀬戸の雲興寺へ通じる道が西尾根を横切っています。

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 ↑ 北側にやせ尾根が伸びていたので入ってみると…

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 ↑ サルの足跡がありました。
昼中は動物に出会うことは稀ですが、雪の上には野生の生きものたちの痕跡が見られます。

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 ↑ タムシバ(モクレン科)です。3月末頃になると尾根筋を白い花が彩ります。

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 ↑ 高圧線の鉄塔のある斜面からの眺めです。
西尾根は、ところどころこのように展望が利くのがうれしいです。

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 ↑ バリバリと音がしたとおもったらオートバイでした。
山にもいろいろな楽しみ方があるものです。

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 ↑ オートバイやマウンテンバイクの影響でしょうか?
深くえぐられた尾根筋です。

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 ↑ 西尾根の一部を東海自然歩道が通っているので、歩行者の安全確保のため、バイクや自転車を規制するための柵が有りましたが、結果は、道が広がってしまい、柵がむなしく残っていました。
 登山道に丸太の階段を作ると、歩く人が階段を避けるため道が広くなるのと似た現象です。 

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 ↑ 何となくまぶしく感じる木がありました。

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 ↑ 三条峠です。 多くの方が行くべき方向を見失っていることで有名な峠ですが、地形を読めば、例え地図やコンパスがなかったとしても、行くべき方向は判断可能と思うのですが…。
ほとんどの方が地形でなく、尾根を横切っている切通し道を頼りに判断しようとしているようです。

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 ↑ 踏み固められ、露出した根が痛々しい物見山に続く尾根筋です。
 万博以降、海上の森と物見山の間を歩く人が増えているようです。

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 ↑ 物見山からの眺めです。
20年ほど前に来た頃と比べ、物見山の山頂は人手が入り過ぎ、風情がなくなっていました。

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 ↑ 三等三角点「西広見」です。静かさが何よりでした。

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 ↑ 下山地点の八草(やくさ)「椀貸池」畔です。西隣は愛知工業大学です。

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 ↑ 豊田市の南部・若林から見た猿投山です。(左クリックして写真を拡大してご覧ください。)
 今回のルートは、写真の猿投山の輪郭を右手(東の迫)から左手(西の八草)へと歩きました。
山頂付近と物見山で人に会った以外、静かな山でした。

 八草から猿投グリーンロードを使い、迫に駐車しておいたもう一台の車を取って帰りました。




■地形図とコンパスの山歩き
 登山道が整備されてない山を、地形図とコンパスで、現在地を確認しながら登る山の楽しみは、
   ①静かな山が味わえる。 
   ②好きなルートが取れる。 
   ③思わぬ発見がある。
  ことでしょうか。
  季節的には、低山の場合、11月下旬~4月上旬が適期と思います。
  なお、どの山へ入るにも、使う地図の縮尺を合わせておくことで、地図を見ただけで、おおよその傾斜や所要時間などが判断できるようになります。

カエルの産卵

 2011年2月18日 
今年の冬は寒かったせいか、例年より3週間ほど遅れてカエル谷で、ニホンアカガエルとヤマアカガエルの産卵が始まりました。
 このところ気がかりで、毎日カエル谷へ通っていたのですが、谷へ降りる小道を歩いていると、なつかしい赤蛙たちのキュルルルル…と言う合唱が聞こえてきて、思わずうれしくなりました。 
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 ↑ ♀に自分の存在を知らせるために盛んに鳴くニホンアカガエルの♂です。
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 ↑ ニホンアカガエルの♀です。
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 ↑ ♀を待つヤマアカガエルの♂です。
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 ↑ 産卵で疲れた身体を休めるヤマアカガエルの♀です。
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 ↑ 鳴きながら♀を待つ♂の蛙たちです。
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 ↑ 鳴きながら♀を待つ♂の蛙たちです。
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 ↑ 抱接です。
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 ↑ 卵塊です。
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 ↑ 今日のカエル谷です。
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 ↑ 3日前、15日のカエル谷です。

コミミズク哀れ

 ちょっと前の話ですが、11月7日に、今回のアオバトに間接的に関係していたHさんから、「タカに襲われたフクロウを拾ったので見てほしい…」との電話が入りました。
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 確認に行くと、交通事故にあったコミミズクでした。
 各部を計測し、写真などを撮らせていただき、出来たら羽がほしいとのHさんの要望に答え、解剖して羽や足を差し上げ、他の部分は野に返しました。
 なお、死んでいたとの電話でしたので、鳥ウイルスなどの感染防止のため、Hさんには素手で触れないことなどを話し、ゴム手袋を使用して解剖しました。


■発見のいきさつなど

 朝、犬の散歩に行ったら、道路わきに死んでいたとのことでした。
 飼い犬のラブラドールレトリバーは何の反応もしなかったが、知人の柴犬は盛んに反応したとのことでした。
 Hさんのラブラドールの場合、盲導犬として一定の訓練を受けている犬だからと思います。

■交通事故について

 交通事故は、人間だけが犠牲になっているのではなく、野生の生物たちにとっても脅威となっています。
 今回のコミミズクの場合、深夜、道路を低空で横切ろうとしたところを左手から来た車にはねられ、落命したと思われます。 合掌
 私たち人間は、スピードを控えめにし、不用意に農道などを走らないなどの配慮をしたいと思います。


アオバト顛末記

 隣町の区長Yさんから、「タカに襲われたと思える野鳥を保護したので見てほしい…」との電話で確認に行くと、左の尺骨部を痛め、飛ぶことが出来なくなったアオバトが、段ボール箱に入れられ、民家の玄関先に置いてあり、その家の方と思しきご婦人が心配そうに覗き込んでいました。
 人間なら痛みに苦しむのですが、アオバトは落ち着いた様子で、人間たちを観察している風でした。
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  ↑ ルビーのような瞳がきれいでした。
 風切羽のあたり以外には損傷がないことから、電線か網などに引掛かって痛めたと思われましたが、だらんと下がった羽を見ると、例え手術を受けても再び空を飛ぶのは無理なようでした。
しかし、人の命も、野生の生きものの命も、共に生を受けてこの世に生きている以上、何とかしてあげたいと思うみなさんでした。

■保護のいきさつ

 70代の一人住まいのご婦人Kさんが、27日の朝、自宅庭で見つけ保護しようとしたが、飛べないものの走って逃げ回るので、ご近所の応援を得て取り押さえ、出来れば空に返してあげたいと、区長さんに連絡。
 10:30頃、知人のHさんから紹介してもらったと、私のところに電話が入る。
 11:00、区長さんの案内でKさん宅へ行き、♂のアオバトと確認。
 庭では水を飲んでいたとのことでした。
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■その後の動き
 山科鳥類研究所の標識調査員をしている友人のMさんに、お願いできる獣医師さんがいないか相談。
 ボランティアで見てくれる医師がいるので詳しいことは自然観察の森へとのこと。
 次に自然観察の森のO所長に、県事務所の環境保全課を紹介いただく。
 環境保全課のIさんから稲垣獣医科医院を紹介いただき、区長さんと連絡を取り、午後の診療開始30分前の16:30に、稲垣獣医科医院を訪ね診察していただく。
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■診察結果と今後
 怪我をしてから数日経っていること、患部が壊死しているので羽は取れてしまうこと、再び空に帰ることは不可能なこと、それでも、人が世話をすれば生きていけることなどを伺い、とりあえず先生が引き取ることで、一件落着となりました。

■感想
 人間の場合、お金さえあれば医療機関に掛かることが出来ますが、野生生物の場合、自分の意思ではそれも出来ません。
 今回は、一人のご婦人の想いが、周囲の人を動かし、再び空を飛ぶことは出来ませんが、命をつなぐことが出来ました。
 無縁社会と言われる昨今ですが、人間、捨てたものではないことを改めて感じることが出来ました。
 ボランティアで受け入れてくださった獣医師さん始め、いろいろ動いてくださった方々に、アオバトに代わってお礼申し上げます。
 

■野生生物に対する行政としてのスタンスについて
 基本は、野に帰す。
 ただし、今回の場合のように飛べない場合、野に帰すことは、即、死を意味します。
 つまり、早い時期に天敵などにより襲われてしまいます。
 また、仮に飼うと言っても、勝手に飼うことは出来ません。所定の手続きが必要です。
 なお、愛知県の場合、野鳥については、所定の手続きをすれば、弥富野鳥園で引き取ってくれるが、自立出来る状態にあることが前提とのことでした。
 つまり、怪我をしている場合は、持ち込もうとした人が実費で治療してあげてから、直接持ち込むとのことです。
 これらを、なぜ行政がやらないのかと言う考え方の人もいるかも知れませんが、野生生物であることと、何でも行政任せにしないと言う点で、私は理解しました。
 私たち市民は、それらも理解した上で行動することが必要です。




 
 

絶滅に向かうのかアキアカネ

 9月18日付で「赤とんぼ(アキアカネ)が消えそうです! 」をアップさせていただきましたが、
その後のアキアカネの生息確認結果をお伝えします。


平地の田んぼ

■9月26日
 「竹村の田んぼ」 (愛知県、標高30~40mほど)

結果
 アキアカネはゼロでした。
 確認出来たのはギンヤンマ11、シオカラトンボ6、ウスバキトンボ約40、ハグロトンボ17、アジアイトトンボ5です。
 なお、一時はほとんど姿が見えなかったハグロトンボも、どぶ川だった逢妻男川の浄化対策が功を奏し、ヤナギモなども復活し、年々その数を増やしています。
 アキアカネについても、①同じ田んぼで毎年米作りをする ②稲刈り後も田んぼに水を入れウエットにする ③減農薬栽培をするなどの対策が打てたらと思います。
 なお、竹村地区は、自動車産業の進出で後継者がサラリーマン化ししているため、田んぼの所有者の9割強は農業法人への委託栽培です。
 現政府は、生産調整(減反)への参加を前提とした農家への戸別所得保障を掲げていますが、このような場合、委託先任せで、自分では田んぼに入ることもない田んぼの所有者が、農家として保障されるのでしょうか?
あるいは、委託された法人なのでしょうか?
どちらにしても、アキアカネにとっては生産調整がありますので、厳しい制度となりそうです。
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 ↑ 川の中の水草(ヤナギモ)に産卵するハグロトンボ。水質が良くなったことで、川魚も上って来ています。


■9月29日
 「伊保の田んぼ」 (愛知県、標高65mほど)
 ほ場整備による乾田化で、10数年ほど前から数が少なくなり、最近は見かけることがなかった地区ですが、その後、粗植少肥栽培をしている農業法人「はっぴー農産」が、委託された田んぼに、稲刈り後も水を入れたりしてじゅくじゅくさせているとの情報が入り、確認に行きました。
 なお、調査した田んぼの北西750m付近には浅田真央選手が通う中京大の豊田キャンパスや、半径500m以内に5ヶ所のため池があります。

結果
 アキアカネの♂2頭が田んぼ近くの草むらにいました。♀の現れるのを待っているようです。
 ♀は確認できませんでしたが、コノシメトンボの4ペアの産卵と♂7、ナツアカネ♂2、ギンヤンマ2、シオカラトンボ5、アジアイトトンボ約30、ウスバキトンボ約20を確認出来、今後に期待出来る田んぼでした。
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 ↑ 草むらにいたアキアカネの成熟♂です。
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 ↑ 水の入った田んぼには、白鷺の仲間や、シギ・チドリの仲間も入っていました。
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 ↑ 近くの稲刈りの済んでいない田んぼでは、ナツアカネの成熟♂が飛んでいました。
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 ↑ 連結打水産卵するコノシメトンボのペア。
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 ↑ ♂を避け、単独で連結打水産卵するコノシメトンボ。
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 ↑ ウスバキトンボの連結打水産卵も観ることが出来ました。


 「八草の田んぼ」 (愛知県、標高125mほど)

結果
 アキアカネはゼロでした。
 確認出来たのはシオカラトンボ4、マユタテアカネ7、ヒメアカネ2、アオイトトンボ3、ギンヤンマ1でした。
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 なお、この辺りは、名古屋に近いことや、愛知環状鉄道や、万博リニモ駅があり、市街化調整区域となっていて、田んぼのある風景も消える方向です。
 ちなみに愛知万博の行われた会場までは直線で500mほどです。



中山間地の田んぼ

■10月 2日
 「梨野の田んぼ」 (愛知県、標高610~640mほど)

結果
 9月13日同様、アキアカネはゼロでした。
 ただ、朝夕の冷え込みの影響が出たようで、前回群れていたウスバキトンボも見当たりませんでした。
 数年前までは、アキアカネと共にたくさんいたノシメトンボも確認できませんでした。
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 「豊邦の田んぼ」 (愛知県、標高470mほど)

結果
 朝夕の冷え込みの影響が出たようで、アキアカネをはじめ、9月10日には、たくさんいたミヤマアカネや、ほどほどいたウスバキトンボも姿を消していました。
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 「四谷の千枚田」 (愛知県、標高220~430mほど)

結果
 無数に群れ飛んでいたウスバキトンボの姿もなく、アキアカネもいませんでした。
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■コメント

 ①ここ数年、平地の田んぼでアキアカネが確認出来なくなっている中で、伊保地域の田んぼで2頭のアキアカネが確認出来たのは、今後に可能性を残し、うれしいことでした。
②「なぜいたのだろうか?」を考えると、稲刈り後も田んぼに水を入れ、減農薬に勤めているコメ作りが効いている可能性がありますので、近日中に「はっぴい農産」を訪ね、栽培の詳細についてお聞きすると共に、アキアカネなどの現状についてお話して来たいと思います。
 ③中山間地については、連日の猛暑の後での冷え込みがあった後でしたので、再訪の時期が遅かったようです。
 来年は9月20日頃に確認出来たらと思います。
 ④国などのレッドデーターブックやレッドリストには取り上げられていないアキアカネですが、9月18日の当ブログでの報告「アキアカネが消えそうです!」と、今回の調査結果から言えることは、このまま何もせず、現状のようなコメ作りを続けていたら、アキアカネは絶滅する可能性が極めて高いと言わざるを得ません。

 国を挙げて、アキアカネの絶滅回避に動く必要性を感じます。  









アキアカネとウスバキトンボの簡単な見分け方

 私の住む愛知県では、中山間地の田んぼでも、アカネ属の赤とんぼの代表格:アキアカネが減っていることを、先の記事でお知らせしましたが、全国レベルで見た場合も減少しているとの情報が入っています。
 みなさんのお住まいの近くのアキアカネ情報を、ぜひ、発信願います。
そして、アキアカネなどのなつかしい生きものたちが消えない暮らしを一緒に築き上げられたらと思います。

 なお、一般のほとんどの方は、初夏から秋にかけて、原っぱや田んぼの上を飛び回るウスバキトンボを赤とんぼ(アキアカネ)と思ってられますので、両者の簡単な見分け方を示します。


アキアカネとウスバキトンボの見分け方 

 日本に20種ほどいる他のアカネ属の赤とんぼや、他のトンボについて更に詳しく知りたい方は、
「神戸のトンボ」 をお薦めします。青木典司先生のサイトで、とても信頼できます。
 (「神戸のトンボ」の文字の上で左クリックすればサイトにつながります。)


アキアカネ (トンボ科アカネ属)
 6月の頃、田んぼで羽化したアキアカネは、暑さを避けるためか、夏の間は標高の高いところで過ごし、秋になると産卵のため麓へ降りて来て、田んぼの上を飛んだり、はざ干しの竿や杭の先、電線などに止まっていたりする原風景とも言える情景を、かつては日本各地で見ることが出来ました。
 赤とんぼたちは一部を除き、どれもが似通っていますので、姿形の3ヶ所の特徴(胸の模様、赤くなる部分、翅の外観)や、生息場所、動き、止まり方、産卵の仕方などで種を判断します。


〔見分け方の特徴〕  …写真の上で左クリックすると一部写真は拡大します。

■胸の模様
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  ↑アキアカネは、♂♀とも、写真のような黒くて太い模様があります。 
    真ん中の模様の上の部分は、先がとがっています。
    (写真はアキアカネの未成熟♀です。)

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  ↑胸の模様の似たナツアカネです。 真ん中の模様の上の部分が平らです。
    (写真はナツアカネの成熟♀です。)

■翅の外観
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  ↑透明で、ノシメトンボやミヤマアカネのような模様はありません。
    (写真はアキアカネの成熟♂です。)
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  ↑ノシメトンボ成熟間近い♀です。 翅の両端に黒褐色の斑があります。 
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  ↑ミヤマアカネの成熟♂です。 翅の端部近くに褐色の斑があります。

■色合い
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  ↑アキアカネの未成熟♀です。 全体に淡い色合いです。
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  ↑アキアカネの未成熟♂です。 ♀同様、全体に淡い色合いです。
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  ↑アキアカネの成熟♀です。 成熟と共に、腹部上面が赤くなります。
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  ↑上二つの写真ともアキアカネの成熟♂です。 
    成熟と共に、腹部全体が赤くなります。

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  ↑こちらはナツアカネの成熟♂です。 アキアカネと似ていますが、アキアカネ
が腹部のみ赤くなるのに対して、頭、胸、腹部と、全身が真っ赤になります。

■止まり方
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  体をほぼ水平にして止まります。

■産卵
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  ↑連結打泥産卵と言って、田んぼのように、じゅくじゅくした泥の中に、♂♀が
    連結状態でちょんちょんと産卵します。
    流れや、水深のあるところでは産卵しません。
    (田んぼが最も適した産卵場所でした。)
 




ウスバキトンボ (トンボ科ウスバキトンボ属)

 初夏から秋にかけて、田んぼや原っぱの上を、群れになって舞うアキアカネくらいの黄土色に橙色がかったトンボです。
ほとんどの人は、赤とんぼ(アキアカネ)と思っていますが、アカネ属ではないウスバキトンボ科のトンボです。
お盆の頃、たくさん目にすることから、地方によっては「盆トンボ」や、「精霊トンボ」などとも呼ばれています。
夏の甲子園で高校野球が行われているとき、テレビ画面に群れになって舞うトンボが写ることがありますが、あれがウスバキトンボです。
南方から海を渡って、世代交代しながら日本を北上して来る南方系のトンボです。
温暖化の影響なのか、現れる時期が年々早くなっています。
同じくらいのアキアカネと比べ、翅が薄くて大きくて、体のつくりが華奢になっていて、強く持つとつぶれます。
ただ、このことが、長い飛翔を続けられる鍵のようです。

〔見分け方の特徴〕   …写真の上で左クリックすると写真が拡大します。

■胸の模様と色合い
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  ↑全体に淡い黄土色をしています。
    成熟しても、アキアカネのように赤くならず、ややくすんだ橙色になります。
    胸の模様は、アキアカネのような黒くて太い模様がありません。

■飛翔
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  ↑気流を捉え、長い時間、群れで舞っていることが多いです。
    なお、一番下の平野部での群れ飛ぶ写真は、刈谷市に住む友人のSさん
    が自宅近くで撮られました。(白い建物は朝日中学校です。)

■止まり方
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  ↑飛び続け、止まっているところは稀にしか見れません。 
    止まるときは、横姿勢ではなく、ぶら下がるように縦姿勢で止まります。 







 



 

赤とんぼ(アキアカネ)が消えそうです!

 唱歌 「赤とんぼ」(三木露風作詞・山田耕筰作曲)に歌われたアキアカネ(トンボ科アカネ属)は、日本のコメ作りの歴史と共に生きて来たトンボですが、平地の場合、農業の近代化の中で、その姿を見るのは困難になっていましたが、ここへ来て中山間地の田んぼでもアキアカネの減少が起きていることに危機感を持ちました。
 「そんなことないよ、うちの近くではたくさん飛んでいるよ。」との情報で現地確認すると、その9割強は、姿や大きさが良く似たウスバキトンボ(トンボ科ウスバキトンボ属)で、多くの人たちが赤とんぼ(アキアカネ)と勘違いしてられる事実があります。
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 ↑ アキアカネの成熟した♂です。(写真の上で左クリックすると写真が拡大されます。以下同じです。)
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 ↑ よく間違えられるウスバキトンボの♀です。 ♂も♀も成熟しても赤くなりません。
南方系のトンボで、東南アジアから世代交代しながら日本へ渡って来ます。
ほとんど止まることなく、広々したところを飛んでいます。止まるときは、アキアカネと違い、ぶら下がり型です。

 私の住む竹村(愛知県豊田市、標高10~50mほど)でも、アキアカネは、ほ場整備の終わった20年ほど前から群れを見ることはなくなり、稲刈りの済んだ田んぼをつぶさに調べて、じゅくじゅくしたところで数頭見つかるくらいでしたが、今年は1頭も確認出来ていません。
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 ↑ 豊田市の南部に位置する竹村の風景です。
奥(北側)に見える山は猿投山(さなげやま、標高 629m)で、その裏側は、せとものの産地・瀬戸市です。
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 ↑ 竹村の中央部を南北に名鉄三河線が走っています。右手がたけむら駅方面です。


 アキアカネ激減の理由として、トンボ研究者の方々は次の要因を挙げていて、私も同感です。
乾田化のためにほ場整備したことで、産卵時期に、じゅくじゅくした田んぼが消えた。
  →コンバインなどの大型農業用機械が田んぼに入れるように乾田化しました。
減反政策による、休耕田や、麦、大豆、菜種などへの転作により、アキアカネの産卵適地が消えた。
  →アキアカネは連結打泥産卵をするトンボで、かつての稲刈り後のじゅくじゅくした田んぼがベストでした。
③コメの品種改良に伴う多品種化で、アキアカネの生活史(注)と、コメ作りの農事暦にズレが生じた。
  →産卵の時期に田んぼが乾燥していたり、孵化の時期に水が入ってないなど、ヤゴの生育に必要な水が確保されないなどの影響が出ています。
 (注)アキアカネの生活史については、「神戸のトンボ」をご覧頂けば詳しく載っています。
④山間のたんぼにあっては、過疎化、高齢化などによる耕作放棄田の増加
⑤平地にあっては、農地転用などによる田んぼそのものの減少。
⑥すべての生きものにボデーブローのように効いてくる農薬の使用
⑦生きもののことを忘れた人間の良かれと行われる行為→景観を重視する余り、休耕田にヒマワリやコスモスを植えるなどの行為。このことでヤゴの生息場所や、トンボの産卵場所が奪われています。
 かつては、稲刈りが済んだじゅくじゅくした田んぼにレンゲの種を蒔き、春、花を楽しんだ後、鋤き込んで肥料とした知恵が日本人にはありました。
などを上げることが出来ます。

 それでも、ほ場整備されてない山間の田んぼの場合、田んぼの一部が年間を通じ、じゅくじゅくしていることが多く、アキアカネに産卵の場所を提供し、稲刈りの頃には、はざ干しの竿や、イネ、イノシシ避けの電気柵などに止まる無数のアキアカネを見ることが出来ていたのですが、ここへ来て、それら山間の田んぼにも異変が目立つようになりました。
 以下は、私なりに友人たちの協力をいただきながら、山間の田んぼを回って確認した結果です。


■9月3日
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 「坂折の棚田」(岐阜県、標高410~600mほど)に出かけましたが、ウスバキトンボの群れは確認出来ましたが、アキアカネの姿は見れませんでした。
「坂折の棚田」は、乾田化はされてなく、昔ながらの等高線に添った曲線の美しい田んぼです。
 品種は「ミネアサヒ」で、田植えは5月半ば~6月の始めで、田んぼに水が入るのは4月終り~5月始めとのことでした。
 水入れが半月ほど早ければ、アキアカネの孵化に間に合い申し分ありませんが、山の田んぼですので、一部はじゅくじゅくしていますから、ヤゴがまったく育たない条件ではありません。
 農薬も、棚田オーナー制を採っていることもあり、子どもや、一般市民の方も見えるので控えめとのことでした。

■9月4日
 「坂折の棚田」にアキアカネがいなかったのが気掛かりだった私は、退院間もないため欠席することになっていた予定を変更し、コンパスくらぶの定例山行に急遽参加させてもらい、アキアカネが下界の暑さを避けて、まだ山の上にいるかを確認するため、「寧比曽岳」(愛知県、ねびそだけ 1121m)に登りました。
 コンパスくらぶには、トンボ仲間もいて、その日は4人同行し、私を気遣ってくれました。感謝感謝です。

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 ↑山頂の休憩舎から茶臼山(標高1415m)方面です。 中央にタカネトンボが写っています。
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 ↑ 富士見峠です。冬場の晴れた日は富士山の頂が見えます。
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 ↑ 山頂付近を群れ飛んでいたウスバキトンボです。 背景の山は猿投山です。
 
 寧比曽岳は、例年、無数のアキアカネが夏の暑さを避けて群れていましたので、今年の異常な猛暑を避けてまだ山頂付近に留まっているのではとの可能性の確認でした。
 結果は、尾根筋に、アキアカネの未成熟♀が1頭いただけで、山頂付近や、尾根筋を飛んでいたのは、「坂折の棚田」同様、ウスバキトンボ(トンボ科ウスバキトンボ属)の群れでした。
 他には、ヒメアカネ、オニヤンマ、タカネトンボ?が数頭いました。


 山の上にもいないとなると、何か異変が起きている可能性がありますので、かつて、アキアカネが無数にいた田んぼを確認して回りました。

■9月9日
 「金蔵連の田んぼ」(愛知県、ごんぞうれ 標高570~620mほど)は、寧比曽岳の西の谷間にある小さな集落です。例年のようなアキアカネの群れは見れませんでしたが、10数頭のアキアカネが確認出来ました。
 ここもウスバキトンボは群れていました。
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 ↑ 町へ出ている息子さんたちの応援で、すでに稲刈りが済んでいた宗次さんの田んぼ。
 今年は、宗次さんが2月に亡くなられたので、私たちが例年以上にお手伝いすべきだったのですが、私自身が5月末から体調を崩し、何のお手伝いも出来ませんでした。
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 ↑ 金蔵連の集落の前の田んぼです。

■9月11日
 「四谷の千枚田」(愛知県、標高220~430mほど)
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 ↑ 「日本棚田100選」になっている「四谷の千枚田」です。
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  ↑ 一部は稲刈りが行われていました。
 アキアカネの姿はなく、無数のウスバキトンボが舞っていました。

■9月11日
 「豊邦の田んぼ」(愛知県、標高470mほど)
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 ↑ 左手の当貝津川と、右手の国道420線のあいだにある豊邦の田んぼです。 アキアカネが10数頭のほか、たくさんのミヤマアカネがいて、ウスバキトンボは少しだけいました。
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 ↑ アキアカネの成熟した♀です。
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 ↑ ミヤマアカネの成熟した♂です。

■9月12日
 「桑田和の田んぼ」(愛知県、標高180mほど)
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 ↑ 田んぼ右手の谷間を、奥(西)へ向かって足助川が流れています。
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 ↑ 近くには自動車部品メーカーの工場もあり、家も点在しています。
 スローライフと有機農業をやるため名古屋から移り住んだ知人の田んぼです。
かつては無数のアキアカネがいたのですが、群れているのはウスバキトンボだけで、アキアカネは皆無でした。
ミヤマアカネが数頭いました。
田植えは何かと忙しく、5月20日頃で、水入れはそれより少し前とのこと、アキアカネには少し遅かったです。
苗は、種籾から作らず、農協から購入とのことでした。
 Yさんの田んぼからアキアカネが消えたねとの話に、驚いていました。

■9月13日
 かつてアキアカネが群れていた旧足助町の山間の下記5ヶ所の田んぼを観て回りましたが、アキアカネは一頭も確認出来ませんでした。

 「岩谷の田んぼ」(愛知県、標高340mほど)
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 ↑ 「岩谷の田んぼです。」 
 アキアカネは皆無でウスバキトンボが群れ飛んでいました。

 「百田の田んぼ」(愛知県、標高330~370mほど)
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 ↑ 「百田の田んぼ」です。
 アキアカネは皆無でウスバキトンボが群れ飛んでいました。
 以前はたくさんいたノシメトンボも少数いるだけでした。 他にはマユタテアカネが数頭いました。

 「百田東の田んぼ」(愛知県、標高410mほど)
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 ↑ かつての田んぼです。
 アキアカネは皆無でウスバキトンボが十数頭飛んでいました。
 かつては、小さなため池が二つあり、小川もあることで、ちょっとしたトンボの楽園でしたが、2年前から耕作放棄されていて、ウスバキトンボ以外は、ノシメトンボ、ヒメアカネ、マユタテアカネが少数確認出来ただけでした。
   
 「葛沢の田んぼ」(愛知県、つづらさわ、標高410~460mほど)
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 ↑ 「葛沢の田んぼ」です。
 アキアカネは皆無でウスバキトンボが群れ飛んでいました。
 なお、ノシメトンボが少数いました。

 「梨野の田んぼ」(愛知県、標高610~640mほど)
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 アキアカネは皆無でウスバキトンボが群れ飛んでいました。
 他には、ノシメトンボとマユタテアカネ、ヒメアカネが少数いました。

   
■9月13日 プラスα
 「新盛の田んぼ」 >」(愛知県、標高460mほど)
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 「桑田和の田んぼ」をやっている知人が、種籾から苗作りをやっている市民の田んぼがあるので、そこならいるかも…とのことで訪ねてみましたが、やはり、アキアカネは皆無で、群れているのはウスバキトンボだけでした。
 聞けば、今年からスタートとのことですので、それまでの条件(不明)が、結果に働いていると思われます。

■9月15日
 旧足助町の田んぼからアキアカネが消えていたので、より山奥の設楽町の田んぼを確認に行きました。
 どの田んぼも、かつてはアキアカネが群れていたところです。

 「東納庫の田んぼ」(愛知県、ひがしなぐら、標高650mほど)
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 アキアカネは皆無でしたが、ウスバキトンボが群れ飛ぶ中、たくさんのノシメトンボが連結産卵をしていました。
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 ↑ ウスバキトンボの群れです。
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 ↑ ウスバキトンボです。
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 ↑ 稲刈りの済んでない田んぼで、連結打空産卵をするノシメトンボです。
同じアカネ属でも、種によって産卵形態が異なるため、多様な種が生きて行くためには、多様な生息環境が必要になるのです。
 
 「市之瀬の田んぼ」(愛知県、標高690~700mほど)
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 ↑東納庫から津具村向かう道筋の最後の集落「市之瀬」です。 
奥三河の名山「碁盤石山」(標高1189m)の登山口になります。
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 ↑アキアカネの成熟♀です。
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 ↑アキアカネの成熟♂です。
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 ↑アキアカネの成熟♂です。
 たくさんのアキアカネがイノシシ避けの電気柵などに止まっていました。  ウスバキトンボも少数いました。

 なお、当初、碁盤石山も登る予定でしたが、今にも雨が降りそうだったので登ることを諦め、
代わりに車で入れる面の木峠(標高1110mほど)付近でアキアカネを探しましたが、皆無でした。



■コメント

①稲刈り後、じゅくじゅくしたところが残る山間の田んぼも、アキアカネが消えたり、少なくなっています。
②今回確認した田んぼのほとんどは、「ミネアサヒ」と言う品種を栽培している関係で、田んぼへの水入れがやや遅く、アキアカネの孵化の時期とズレが認められましたので、出来れば、水入れを4月半ばに早めることで、孵化しやすくなるように思いました。
③もっとも危惧する要因は、育苗期に使われている農薬の影響で、今回確認した田んぼのほとんどが、苗を法人から買っていて、農家や市民の方々が、その実態をほとんど把握されてなかったことです。
中には、うちはほとんど農薬を使ってないと誇りにされていた方もいたのですが、事実を知り、ショックを受けてられました。
④体調や、日程のこともあり、ほとんどの田んぼの現地確認が一度きりでしたので、再度確認出来たらと思っています。
そして、来年以降も継続出来たらと思いますが、アキアカネの復活の見通しがないのが辛いところです。
また、当ブログを見られた方で、関心のある方は、自宅から行くことの出来る山間の田んぼでアキアカネがいるかの確認をされ、関係者への情報発信など、ご自分でも出来ることから始めていただけたら幸いです。

 今回、自前で苗を作っていたのは、市之瀬と新盛の田んぼの一部だけで、他は、農協や、農業法人から購入されていました。


提案

購入苗の減農薬の依頼。(手間を掛けて、無農薬でやられるのがベストですが…)
 苗を買う側として、農協や委託先の法人にお願いしてはいかがでしょうか。
田んぼへの早めの水入れ
 4月半ばまでに水を入れていただけると助かります。 
山間の放置田の活用
 仮に、コメ作りは困難であっても、3人集まれば、田んぼのような水辺として維持出来ます。


■想い

 私たち、『カエルの分校』は、10年ほど前から、高齢化などで耕作を止めた山間の田んぼをお借りして、カエルやトンボなどのなつかしい生きものたちが安心して次の世代も生き続けられるように、水辺として維持管理して来ましたが、それらは、平地の田んぼでの生きものが消えて行くことへの、自分たちで出来るせめてもの行動との想いでした。
 ただ、今回の調査結果を見ると、山間の田んぼでも、なつかしい生きものの代表格のトンボ・アキアカネが消えかかっていることに愕然としました。
 私たちが元気なうちに、若い方々へ、想いと維持管理のやり方を伝え、アキアカネなど、なつかしい生きものが消えないようにと願っています。
 今回の結果は、単にアキアカネが消えるだけではなく、彼らと関連するたくさんのなつかしい生きものも消えることにつながります。
また、トンボやカエルは、害虫と言われる虫たちの捕食者でもありますので、彼らが消えることは、より農薬を使うことにもつながって行きますから、米作りに携わる関係者だけでなく、日本人全体が、それらの生きもののことも考え、生活の仕方を見直す必要を感じています。

 数年前、唱歌 「赤とんぼ」の作詞者:三木露風の故郷、兵庫県竜野を訪ねましたが、歌のようなアキアカネが群れ飛ぶ情景は、最近は見られなくなったとのことで残念に思いましたが、復活のための取り組みも行われているとのことでした。

 「秋津洲」(トンボの島)と言われた日本です。みんなが力を合わせ、何とかアキアカネを復活出来たらと願っています。



■追記

 先日、(独)国立環境研究所化学環境研究領域からアキアカネ採取に関する依頼書が届きました。
 内容は、夏場、山で過ごし、秋になると里へ戻って来る生活史を持つアキアカネから有害な化学物質が蓄積されている例が見つかっていることと、山間部でありながら比較的多く化学物質が存在する場所があり、山で過ごすアキアカネに、これらが蓄積しているようなので、N増し調査などのため、地域ごとに10頭ほどの♂のアキアカネを冷凍宅配便で送ってほしい…とのことです。 ♂にしたのは、全国的なアキアカネ減少に配慮したためのようです。
 私たちの地域では、あまりにも数が減っているので、例え♂だけの捕獲であっても、今後のことを考えるとリスクが高く、とても10頭は送れそうになく、ご協力はしたいと思うのですが、悩むところです。

 アキアカネを含むトンボ関連のタイムカプセルプロジェクトについては、下記HPを参照ください。(ただし、一般向け呼び掛けです。)
   http://www.nies.go.jp/timecaps1/dragonfly/navi-top.htm



 なお、近日中に、アキアカネとウスバキトンボの簡単な見分け方をアップしたいと思います。





  


  




坂折の棚田 (岐阜県恵那市)

  9月3日(金)
 ちょっとした山歩きも出来るようになったので、6月の山行で、笠置山の帰りに コンパスくらぶのみなさんが立ち寄って来た「坂折の棚田」(岐阜県恵那市)へ行って来ました。
 「坂折の棚田」は、「日本の棚田100選」に入っているだけに、とても素晴らしい所でした。
 次の機会には、ぜひ、田に水の入った田植え直後に訪ねられたらと思います。
 
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 ↑ 背景の山は「笠置山」(標高1128m)です。
    この位置からは見えませんが、右手の谷間を木曽川が流れています。
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 ↑ 植えられているイネの品種は「ミネアサヒ」だそうです。
    ミネアサヒは「コシヒカリ」と「喜峰」を掛け合せて中山間地用に作られた
    愛知県稲武産の品種です。
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 ↑ 田んぼの中には、水神様が祭られていました。 急傾斜地なので水の確保
    が大変だったと思われます。
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 ↑ 田と田の境は小さな石が積み上げられていて先人の苦労が偲ばれます。
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 ↑ 棚田は今から400年ほど前の江戸時代の始めに築かれたようです。
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 ↑ 私たちの所もそうですが、山間の田んぼは、過疎化や高齢化の中で、
  その維持が困難になっています。
  「坂折の棚田」も、NPOの人たちの協力でオーナー制度が採られていました。

   アキアカネやノシメトンボを期待して行ったのですが、それらは見ることが
  出来ず、群れ飛んでいるのはウスバキトンボだけで、数は少ないものの、
  以下のトンボを観ることが出来ました。 
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 ↑ ミヤマアカネの♂です。 
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 ↑ マユタテアカネの♂です。 
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 ↑ オナガサナエの♀です。 近くに渓流がないので、このような環境で出会え
   たのはラッキーでした。
   彼らは行動半径が大きいようです。 
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 ↑ シオカラトンボの産卵です。
   ♀(右)の産卵中、♂(左)が警護していました。
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 ↑ オオシオカラトンボの産卵です。 
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 ↑ オオシオカラトンボの♂は、3mほど離れた所で休んでいました。
    トンボの数が少ないので、近くで警護する必要がないようです。

  ■ イノシシは、あまりの急傾斜地のため出て来ないのか、イノシシ避けの柵
    はありませんでした。
    クマは、たまに出るようです。


   なお、棚田はとても素晴らしいものでしたが、アキアカネがまったくいなかっ
   たのが気になりました。