思い出の藤原岳

4月7日

 残雪の藤原岳に行って来ました。

■きっかけ
 コンパスくらぶのTさんから「花の藤原岳へ行きたいので、誰か連れてって…」との話が出ました。
私と違い、優しいSさんが骨を折り、湯ノ山温泉一泊での楽しい山行計画が出来、その日の来るのを心待ちにしていましたが、肝心のTさんは、都合で不参加。結局、Sさん、Iさん、Yさん、私の4人で行って来ました。
 当初、初日はのんびり湯ノ山へ向かい、翌朝、宿を早く発って登る計画でしたが、二日目は雨の予報に、急遽、初日に早立ちしての登山となりました。

■コース
 コンパスくらぶらしく、人の多いルートは避け、地形図とコンパスを頼りに北側の山口と坂本谷の間の尾根を登りました。
 おかげで、稜線で3人+1名に遇っただけの静かな山行となりました。(山頂は外し、天狗岩まで)
 平日とは言え、大貝戸、聖宝寺両コースとも、人人人だったとのことでした。
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↑ 平成14年7月および平成15年8月豪雨の影響と思われる亀裂状の溝が、いくつかの沢の源頭部に入っていました。
 長い歴史を考えると、こうして山はその姿を変えているようです。
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 ↑ 木の間越しに見る鈴北、御池岳方面です。
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 ↑ 昔と比べたら少ないですが、ここ10年ほどでは残雪が多いようです。
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 ↑ 稜線近くを高圧線の鉄塔目指して登るIさんと、Sさんです。
鉄塔周りの草地は、風の通り道になっているためか、雪が付いていませんでした。
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 ↑ 三角点「頭陀ヶ平」(1,143.4m)です。
三角点の周囲は、高圧線の鉄塔が立ったことで、昔とはすっかり変わり、裸の山になっていました。
これらのことで山の保水力が低下し、土石流が発生しやすくなっているように思います。
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 ↑ 鉄塔のあるところから100mも行くと、稜線は、雪で覆われていました。

■花
 藤原岳と御池岳を結ぶ主稜線には残雪がところどころにあり、フクジュソウはほとんど咲いていませんでしたが、私にとっては40年ほど前に通い続けた思い出の山ですので、地形図を頼りに、たくさんの花々に出会うことが出来ました。
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 ↑ フクジュソウです。
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 ↑ セツブンソウや
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 ↑ ミスミソウも咲いていました。

■なつかしい思い出
 真の谷に一週間テントを張ってスキーをしたこと。
 豪雪のため、二日目にして山頂に辿り着いたこと。(雪洞で寝ました)
 政所から茨川経由で土倉岳、ボタンブチへと登ったこと。
 藤原岳の小屋に泊り、スキー場の潅木を大鎌で刈ったこと。
 窓辺で星を見ながら、小屋のおじさんと夜遅くまで語り合ったこと。
 下界の菜の花を見ながら、Tシャツ一枚でスキーをしたこと。
 アトムと呼んでたMMさんとの楽しかった日々。いっぱいいっぱいありがとう。
 得がたい人だったのに、生活力のなかった当時の僕は受け止めてやることが出来ず、バカな自分でした。
 みんなみんな、藤原岳とその周辺での、暖かく、なつかしい青春時代の思い出です。

■けものたち
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 ↑ シカの角研ぎ痕です。
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 ↑ 上2枚は、シカの食痕です。厳しく長い冬を、木の皮を食べて生きていたようです。
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 ↑ シカの糞です。
 他にも、テン、ノウサギ、キツネ、イノシシなどの痕跡がありました。


 宿には17時半頃入り、一風呂浴びて、酒盛りで楽しい夜が過ぎて行きました。

この記事へのコメント

fukutarou
2011年05月24日 22:45
ブログの「なつかしい思い」出拝読いたしました。
私も40数年前迄は、毎冬20日以上スキーに藤原に登っていました。今は故郷を離れていますが、毎年帰省する 春、秋には、藤原 もしくは 御池に登っています。また 皆さんのブログを楽しく読ませていただいています。

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