尾道再び  その(4) 弓削島② 

■久司山(くしやま)へ

 3月11日
 弓削島の桟橋から反時計回りに、島の南側にある久司山を目指しました。
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    (写真の上でクリックすると大きな写真になります。以下同じです。)
 ↑ 「あれ!」
 弓削島は広島県ではなく愛媛県でした。そんなことも知らずに、やって来たやまねでした。
弓削島のみなさん、すみません。 
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 ↑ 海をのぞくとフグがたくさん泳いでいました。 クサフグのようです。
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 ↑ カモメが寛いでいました。 
 蕪村の 「 春の海 ひねもす のたりのたりかな 」の世界で、波が穏やかで、のどかです。
 蕪村は、母のふるさと与謝の海(丹後半島の宮津湾)を想って創られたのでしょうか?
時間は10時を少し回ったところで腹など減ってないのですが、与謝の海から、伊根の舟屋の軒先に干してあったイカや、間人(たいざ)でご馳走になったカニなどが次々に思い出してしまうやまねでした。 (^-^;
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 ↑ 弓削大橋のたもとに、きれいな白い船が停泊していました。
船名は「弓削丸」です。専用の岸壁に係留されています。
覗き込んでみると、弓削商船高等専門学校の練習船で、ドック入り中でした。
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 ↑ 作業船と艀(はしけ)です。 奥が弓削丸。
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 ↑ 瀬戸内の民家には焼板で壁を覆った家が多く、味わいがあります。
虫がつきにくく、耐候性もアップするようです。
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 ↑ 黒い板壁の次は、白い三角の標識?で、所々にありました。ユースホステルのイメージとも重なります。
作業船の方にお尋ねすると、海底ケーブルや海底送水管の注意標識で、船から見えるように海のほうを向けてあるとのことでした。 正式には「白色三角標識板」というのだそうです。 ありがとうございます。
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 ↑ 弓削大橋です。 弓削島と(弓削)佐島を結んでいます。
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 ↑ (弓削)佐島です。
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 ↑ 三叉路に出ました。地図で確認すると左折すれば、ため池に出ます。
勿論、ため池のある方へ向かうやまねでした。
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 ↑ 珍しく峠にある深坂池です。(深坂峠)
いわゆる親水公園化で整備されています。
自然の生態系や、景観を考えると、やりすぎの感もありますが、貯水量の確保や、地域住民の総意であれば止むを得ないでしょう。
 (参考)
 →生態系的には、堤体側を除き、自然の駆け上がりが望ましいです。 そうすることで、自然の植生が育ち、多様な生物が棲めるようになります。 それと、生態系のバランスを崩すコイやバス、園芸種などは入れないで、出来るだけ自然に任せることが、時間は掛かりますが、その地にあった自然が形成されて行きます。
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 ↑ 池の畔には、写し霊場(島八十八ヶ所) 第41番竜光寺がありました。
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 ↑ なつかしい彫刻がありました。 草津で観て以来の再会です。
宇津孝志さんの「野風童」です。 この作品には、男の子二人のものもあります。

 池の南には久司山が見えていました。
池の脇から、山を反時計回りに舗装された町道?が付いていましたが、迂回していますので、沢筋の小道を南進しました。
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 ウバメガシ(バベ)などの照葉樹の林床に、ヤツデなどがある植生です。
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 ↑ 尾根筋の植生です。
 山道は尾根に出た所で東へと回り込んでいましたので、コンパスを振り、そのまま尾根を直登しました。
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 ↑  山頂には三等三角点(下弓削 142.44)がありました。
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 ↑ 他には、写し霊場(島八十八ヶ所)第42番仏木寺を示す石仏と、展望台がありました。
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 ↑ 山頂の展望台から島の北東を見たところです。
眼下に松原と白砂の海岸、その奥に左手前から石灰山(いしやま 219m)、古法王山(ふるほうざん 279.4m)、立石山(たていしやま別名:瀬別当 313.6m)、三山(みやま別名:深山 325.3m)が見えています。
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 ↑ 手前の弓削瀬戸の奥が弓削佐島、その奥左が赤穂根島と、右手奥が岩城島で、高い山が積善山(369.8m)です。
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 ↑ 弓削大橋と三原方面です。

 40分ほど、誰もいない山頂で展望を堪能し、篠笛を吹いて過ごしてから、東から上がって来ている登山道を下りました。
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 ↑ 登山道を200mほど下ると立派な車道に出ました。 北東の比日へ向いました。
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 ↑ 峠道にあったヤシャブシ雄花と若葉です。道路工事のときにでも種がまかれたものと思われます。
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 ↑ 谷間にレモンの木があり、レモンがなっていましたが、放置されているようです。
雪国育ちの私には、とてももったいなく思ったのですが、高齢化など、いろいろ事情があるのでしょう。
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 ↑ 峠から500mも歩くと、海と立石山(別名:瀬別当)が見えて来ました。
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 ↑ イノシシとカラス避けでしょうか、農作物をつくるのも大変なようです。
私たちもそうですが、どこでもイノシシには困っているようです。
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 ↑ 学校のような建物がありましたが、人の気配がしません。 通りかかった方にお尋ねしたら、弓削商船高専の寮で、NHK大河ドラマ「天地人」で上杉景勝を演じた北村一輝さんもここで学んでいたとのことに、思わず「おお!」でした。 あの景勝は良かったです。
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 ↑ ミカン畑の鳥避けがちょっと変わっていました。 
ビールの空き缶です。それもS社の「金麦」です。
佐治さんが見たら涙をこぼしてしまいそうな風景です。(樽ごと差し上げてください。)
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 ↑ 海岸に沿った道を歩いていくと、丘の上にしゃれた建物がありました。「国民宿舎ゆげロッジ」のようです。
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 ↑ きれいな砂浜です。「 東海の 小島の磯の白砂に 我泣き濡れて 蟹とたわむる 」の心境には縁遠いやまねですが、さすがにこれだけきれいな浜辺は、男が一人で歩くのは、ちょっと…と感じました。 足跡はやまねです。
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 ↑ 松原海水浴場と石灰山です。環境省の「快水浴場100選」のひとつのようです。
確かにきれいで、雰囲気もありました。
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 ↑ 法王ケ原です。松がたくさんありましたが、酸性雨で枯れなければ良いがと思いました。
(9、10日と、ズボンを濡らしながら歩いたら、濡れた部分がはっきりとシミになりました。酸性雨(雪)のようでした。) 
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 ↑ 一株だけでしたが、ブロックの間に花の咲いたハマダイコンがありました。
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 ↑ 弓削神社の鳥居です。
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 ↑ 弓削大橋です。
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 ↑橋のたもと近くにあった民家ですが、空き家でした。

 昼食は、B&B潮風の女将・園生さんに教えていただいた「しまでCafe」でとり、定刻に尾道へ戻りました。

 弓削島も、静かで、いい島でした。



  つづく





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