尾道再び その(4) 弓削島 ①

 高見山から見えた島へも行ってみたくなり、女将の園生さんに相談すると、
「やまねさんなら弓削島がいいかもよ…。」とのこと。
早速その気になり、いろいろ教えていただき、10時前には眠りにつきました。

■弓削島(ゆげしま)へ向かう
 3月11日
 尾道へ来て初めての晴天です。
 「尾道桟橋」 8:45発の船に乗る私は、余裕を持って、8:15にB&B潮風さんを出ました。
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     (写真の上でクリックすると大きな写真になります。以下同じです。)
 ↑ 「駅前渡船」(向島運航)の向島側の富浜桟橋です。尾道水道から河を遡った所にあります。
この船で行くと、「尾道桟橋」のすぐ近くに着きます。料金は100円で、B&B潮風さんから3分も歩けば桟橋に行けるのがメリットです。
なお、「駅前渡船」には、お寺の塔のような相輪のある屋根が付いています。

 B&B潮風さんから尾道の町へ行く渡船は、もうひとつあります。
それは、地元の方が「一円ポッポ」と呼ぶ、「福本渡船」で、向島(むかいしま)の小歌島(おかじま)と尾道の土堂(つちどう)を結んでいます。 料金は60円で、B&B潮風さんからは5分ほど歩いた尾道水道に面した所に桟橋があります。
 料金は少し違いますが、どちらも割安ですので、私の場合、そのときの気分で適当に乗っています。
 なお、向島と尾道を結ぶ渡船は、もう少し東側の兼吉(かねよし)や、肥浜(ひばま)にもありますが、B&B潮風さんと離れているので乗ったことがありません。

(参考)
 旅人のみなさんへ
 尾道と向島を結ぶ渡船は、戦前は12航路あったのが、今は4航路まで減ったそうです。
車社会になり、橋が出来、造船業が衰退したことなどが影響しているようですが、弱者にとっては、渡船は大切な生活の足ですので、将来共になくならないでほしいと願うものです。
 それだけに、尾道を訪れた旅人のみなさんも、ぜひ、渡船で向島へ渡っていただけたらと思います。
 旅情もありますし、海上や対岸から見た尾道の風景だけでなく、国立公園・高見山から見た多島美の素晴らしさは、瀬戸内海でも一二と言われています。
 きれいなトイレと、二等三角点があります。
山腹の洋らんセンターの芝生広場には、オープンカフェがあり、フランス料理店をしていたシェフによる、とてもおいしいカレーを食べることが出来ます。
もちろん、コーヒーなどの飲み物もあります。
船を降りた所には、タクシーもあります。
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 ↑ 見えている桟橋が「福本渡船」の小歌島桟橋と渡船です。
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 ↑ 対岸に近づいて来ました。
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 ↑ 駅前から向島へ向かう「駅前渡船」です。 混雑する時間帯は、二艘の船がピストン輸送しています。
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 ↑ 「尾道桟橋」へは、8:25頃着きました。 弓削島までは高速船で53分、船賃は950円と、島民の生活の足の役割を持っているためか割安です。
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 ↑ 航路図です。 因島(いんのしま)や生名島(いきなじま)へも寄って行くようです。
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 ↑ 東隣には「駅前渡船」の桟橋があります。
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 ↑ 向島ドッグと高見山(右手、鉄塔のある山)です。
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 ↑ 造船所の左手奥は大影山(通称土井山)です。 どちらも、かつて登った山だけに懐かしいです。
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 ↑ 船をつなぐビットです。 岩登りなどのロープの結び方に「もやい結び」がありますが、ここから来ています。
 岸壁に立っていると、いろんなことが思い出されます。
もしも霧笛が聞こえていたら、赤木圭一郎の世界なのですが…。 若くして事故死しましたが、石原裕次郎と共に、私たちの世代にとっては、まぶしい存在でした。
 同級生AI君(キャーさん)の「霧笛が俺を呼んでいる」は、哀愁があり、もう一度聴きたいです。
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 ↑ 桟橋の西側が弓削行乗り場のようでしたので待っていたのですが…
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 ↑ 「今は、向こうです。」と、係りの方が呼びに来られました。
行ってみると正反対の東側でした。
橋が出来たりして、航路や便数が減っているためでしょうか。
出来れば、表示に弓削行も追加していただいたら、乗り遅れの人も出ないですみそうです。
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 ↑ 先発の生口島(いくちじま・瀬戸田)行き「ニューみしま」と、接岸する弓削島行き「ホワイトドルフィン」です。
 なお、生口島は、先ごろ亡くなられた画家・平山郁夫さんが生まれ育った地で、昨年、しまなみ海道経由で行きましたが、平山画伯の美術館もあり、いい感じの島でした。
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 ↑ 「ホワイトドルフィン」です。 ロマンスグレーの男らしい船長さんです。
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 ↑ 操舵室です。子どものように興味津々なやまねでした。

 以下は船室から見た景色です。
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 ↑ 船は「尾道桟橋」を離れました。
 尾道の街は、駅の東側が古い町並み、西側には、ビルなどがあります。
背後の山は、鳴滝山から鉢ヶ峰、三原へと続く山並みです。
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 ↑ 中央、ごつごつした木の少ない山が、鳴滝城山(322m)です。
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 ↑ 岩子島(いわしじま)の東岩岳(118m)です。
 こちらから見た山の形は、鳴滝城山そっくりです。 山頂から、尾道水道と御幸瀬戸がきれいに見えました。
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 ↑ 展望が良いと評判の鳴滝山から鉢ヶ峰、三原へと続く山並みです。
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 ↑ 鉢ヶ峰(429.7m)です。二等三角点があり、展望が素晴らしいようです。
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 ↑ 小さな島ですが、鯨島(くじらじま)です。写真には写っていませんが、二つの島があり、共に鯨島と呼ばれています。かつて、この辺りには、クジラが産卵のため集まっていたとのことです。
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 ↑ 岩子島の西岩岳(130.2 m)です。ゆるぎ岩や、三等三角点があります。
尾道から三原にかけて山並みや、瀬戸内の島々の展望が良かったです。
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 ↑ 布刈瀬戸(めかりせと)と因島大橋です。
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 ↑ 佐木島(さぎじま)方面です。 中央三角錐の山は寺山(155m)のようです。
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 ↑ 因島の重井地区と青影山(あおかげさん、別名:城山 275m)のようです。
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 ↑ 前方に、しまなみ海道の生口橋が見えて来ました。
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 ↑ 右手には生口島と牡蠣山(408.1m)です。
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 ↑ 生口橋です。
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 ↑ 船は橋の下をくぐります。
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 ↑ 再び牡蠣山(かきやま 408.1m 、別名:との山、桃立山ももたてやま)が見えます。
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 ↑ 弓削島が見えて来ました。 奥の高い山は三等三角点深山の三山(325.3m)と、四等三角点瀬別当(313.6 m)で、手前、造船所のある所は、因島の土生(はぶ)のようです。
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 ↑ 土生(はぶ)の桟橋です。 画面が汚れて見えるのは、海水が着いた窓越しに撮っているからです。
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 ↑ 因島の長崎と生名島の深浦を結ぶフェリー「いきな」です。
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 ↑ ビットの舫い(もやい)です。
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 ↑ 生名島(いきなじま)の立石港です。
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 ↑ 因島の造船所には大きな船が停泊してました。
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 ↑ 岩城島(いわぎじま)の二等三角点岩城島のある積善山(せきぜんさん 369.8m)のようですが?船が動いているので、しっかりとした方位確認が困難です。
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 ↑ 橋梁架設工事をしてました。左手が弓削佐島(ゆげさしま)、右手が生名島で、奥は赤穂根島(あかほねじま)のようです。
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 ↑ 船は定刻どおり弓削島に着きました。
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 ↑ 「おお!いい山があるじゃないですか…」 わくわくするやまねでした。
ただ、今回の旅では、弓削島へ来ることを考えていませんでしたから、地形図は準備していません。
桟橋近くの乗船券売り場で、地図が置いてられないかを、お尋ねしたら、
「これでよければ…。」 と言って渡していただいたのが下の地図です。
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 ↑ 縮尺は1/20,000です。変なデフォルメもされていません。これなら十分使えます。 
「ありがとうございます。」

 尾道へ帰る船便は、下記三便だけです。
  弓削発 13:55 → 14:47 尾道着
       16:35 → 17:27
       18:28 → 19:18
 帰りは、13:55の船に乗ることにし、外へ出て、どこへ行こうか検討です。
   「ふむふむ…」
   「南の久司山へ行こう。」
   「温泉の準備をしてきたけど、時間的にきびしいな…。」
などと、独り言をつぶやきながら、ルートを決め、反時計回りに海岸線を歩き始めました。



 
   つづく








 




この記事へのコメント

不良老人
2010年03月23日 13:54
B&B潮風さんのファンの一人です。
楽しき読ませていただいています。
文中、子歌島とありましたが、正しくは「小歌島」です。
向島は尾道から見た向かいの島で、古名は「歌島」或いは「歌の島」だったようです。その歌島に付属したような島ゆえ、小歌島といわれ、オカジマと風流に訛ったようです。
瀬戸内には、細島・小細島、鯨島・小鯨島、鷺島・小鷺島
大久野島・小久野島など沢山の例があります。
引き続き楽しい自然と共にを読ませてください。
やまね
2010年03月23日 21:41
不良老人さま
子歌島(×)→小歌島(○)のご指摘、そして、小の付いた島々の情報をありがとうございます。
早速、修正させていただきました。
今後とも、よろしくお願いいたします。

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