尾道再び その(3) 向島の東を歩く ①

■3日目 向東の海岸を目指す

 3月10日
 朝起きると、予報通りの雨で、おまけに風もありました。
 でも、それもまたよしとしましょう。
 野生の生きものであれば、雨や雪が降ったからと巣穴でのんびりなどとはしてられません。
 生きて行くためには餌を求めて外をさまようしかないのです。
 それと比べたら、服を着ているし、ザックの中には飲み物とクッキーが入っています。

 今日は、これまで行ってなかった、向島の東側を歩きます。
 昼食は、B&B潮風さんお勧めの洋らんセンター芝生広場にあるオープン カフェ「PacuPacu」(パクパク)のカレーです。

 地形図で見ると、向島の東側からは、晴れていれば、福山側の島々や、燧灘、香川や愛媛の島々、そして条件がよければ、四国の石鎚さんなども見えることもあるとのことです。 仮に見えなかったとしても、それなりの感動はあるはずです。


 B&B潮風さんは、9時前に出ました。
とりあえず、和泉式部のお墓があると教えていただいた、「歌」の西金寺(曹洞宗)を目指しました。

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     (写真の上でクリックすると大きな写真になります。以下同じです。)
 ↑ 歌の港です。対岸は福山側です。
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 ↑やはり歌の港(南東側)です。突堤には常夜灯があります。
奥に見えるのは尾道の飛び地浦崎方面です。
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 ↑ 西金寺です。 ちょうど参拝のご夫妻が来られましたので、着いて行く形で石段を上がりました。
本堂に上がられたご夫妻とのあいさつを待って、和泉式部のお墓を訪ねて来たことを告げると、お庫裏さんは、「山の上で判り難いですから」と、ご親切に案内をしてくださいました。
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 ↑ 五輪塔だけのすっきりした和泉式部のお墓です。 説明板も何もありませんでしたが、ヒサカキが供えられ、きれいに掃き清められていたのはうれしいことでした。
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 ↑ お墓は小高い所にあり、海が見えました。
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 ↑ 和泉式部のお墓の南側には竜王山(63m)が見えました。

 (参考)

 B&B潮風の大女将・妙子さんによれば、向島は、その昔、歌島(うたのしま)と言われ、今でも島の中には、「歌」の付いた地名がいくつかあるとのことでした。
なぜ「歌」と言う地名になったかは、和泉式部がここで暮らしながら歌人を招き、歌を詠んでいたからとの言い伝えから来ているとのことでした。
 大女将の妙子さんは、かつて教師をされていたこともあり、いろんなことをご存知で、知的好奇心に応えてくださいます。それと、人生の先輩だけに、教えられることが多々あり、女将の園生さんと共に、B&B潮風さんにお世話になる楽しみの一つにもなっています。
 平安時代の貴族社会という特殊な中にあって、ひとりの女として人間らしく生きた和泉式部は、西金寺のある「歌」の地で、愛する人々や都を想い暮らしていたのでしょう。
そう言えば、B&B潮風さんのある所も、小歌島(おかじま)と、歌の字が入っています。

 なお、和泉式部のお墓のお話を伺ったとき、「向島にもあったのか」と思いました。
かつて中山道を歩いたとき、岐阜県の御嵩町(みたけちょう)でも和泉式部のお墓(廟)と言うものに出会っていたからです。
 武田信玄のお墓が各地に点在するように、歴史上の人物には、この手のお話が時々あります。
 でも、今となっては、その真偽を云々するより、ロマンとして受け入れたら良いように思います。
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 ↑ お墓の下には、ため池も見えていました。 向平池のようです。
 お庫裏さんにお礼を述べて、池へ向かいました。
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 ↑ 向平池です。
 池を観た後、竜王山を目指しました。
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 ↑ イバラなどが繁茂していて、竜王山からの眺めは今ひとつでした。
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 ↑ 南西斜面には、お稲荷さんがありました。
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 ↑ 一株だけでしたがフキノトウもありました。
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 道端に湧水地があり、水が流れていましたので、
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 ↑ もしやと覗き込むと、ニホンアカガエルの卵塊がありました。
あと2~3日で孵化しそうでした。
ただ、愛知県の山間にある私たちのフィールド(カエル谷)と比べ、温暖な瀬戸内にありながら20日ほど遅い感じです。これは水温が影響しているのでしょうか。
 でも、私にとっては、向島で初めての卵塊の確認でしたから、うれしかったです。
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 ↑ 古江浜の入り江です。
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 ↑ バス停横には、本瓦屋根の味わい深い土蔵がありました。
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 ↑ おのみちバス(第3セクター)の時刻表です。
 雨だったこともあり、道を歩いている人はほとんど見かけませんでしたが、集落の様子からは、高齢化と過疎化が進んでいるようです。
でも、バスの時刻表を見ると、ほどほどの運行です。
 私が住む町は、人口こそ40万を超えていますが、ほとんどのバス路線は廃止になっていますので、尾道の行政のスタンスは弱者に暖かいことを知らされました。
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 ↑ 辻池です。
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 ↑ ため池にしては新しく、築堤は明治45年4月となっていました。
立派な記念碑を見ると、当時の人の水への想いが伝わって来ます。

 池からは、古江浜へ戻らず、進路を南に取り、山間の農道を歩きました。
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 ↑ 山の肩を回り込むと、浦崎方面の海が見えました。百島も右端に見えています。
風はあり、小雨が吹き付けていましたが、素晴らしい眺めです。
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 ↑ 手前は女法崎、後ろは浦崎のカガラ山です。
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 ↑ 加島、横島、当木島、百貫島方面です。
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 ↑ 海岸線の岩場も見えます。
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 ↑ 農道から見た高見山と干汐(ひし)の集落です。
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 ↑ 農道が海岸へ突き出た所には、お堂がありました。
土佐第二十八番大日寺の写し霊場(島八十八ヶ所)です。
加島方面も見えています。風雨が強くなったので、お堂の中で休まさせていただきました。
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 大日如来が祭られたお堂の中には、花が供えられ、きれいに掃き清められていました。
そして、ご詠歌と、大日如来の真言が書かれていました。 

   ご詠歌   露霜と 罪を照らせる大日寺 などか歩みを 運ばざらまし
   真  言   おん あびらうんけん ばざら だとばん

 ミカンとイチヂクの山を回りこむように付いていた農道を下り、小さな神社を過ぎ、大町の集落に出ました。戸数は60戸ほどでしょうか?

 それにしても、景色の素晴らしい農道でした。
若い時でしたら、B&B潮風さんから走って来たくなるような、適度にアップダウンのある気持ちよい道でした。
 そこで提案です
 向島の中に、ハーフマラソンコースを設定しませんか。(仮称:潮風ハーフマラソンコース)
そして、冬場に健康マラソン大会を開けば、たくさんの人が島へ来てくれると思います。
勿論、2Km、5Km、10Kmのような、誰もが参加しやすいクラスも取り入れて実施するのです。
 将来的には、尾道から向島、因島、生口島を結んだフルマラソンコースを設定するのも面白いと思います。
そうすれば、全国から健康マラソン愛好家とその応援団が来島します。
世羅高校の生徒さんもご招待して走っていただけば、他の競合高も参加するようになります。
 コースの評判が上がれば、大会でなくとも、景色を楽しみながら走りに来る人が増えて来ます。ああ、後20年若かったら、一人ででも走ったのですが…。
 地元の関係者のみなさん、ぜひ、夢を膨らませましょう!
 私がそうであったように、向島は、全国的には、ほとんど知られていません。
でも、来て判ったことは、とても良い島で、何度も訪れたくなる島だと言うことです。
尾道の街とお寺だけ見て帰るのは、本当にもったいないです。
 口コミの威力は大きいですから、ぜひ、ご検討ください。
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 ↑ しゃれた軒飾りの付いた家ですが、誰も住んでいないようです。
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 ↑ 常夜灯と鳥居です。
 常夜灯のところで海を見ていたら、雨の中を自転車が2台走って来ます。
笑顔でこっちを見ています。「ん!」 同宿の大阪から来られた女性でした。合羽も着ないで、自転車を漕いでいました。
   「こんにちわ!速かったですね。」
   「山を越えて距離をかせいでますから…。」
   「そうですか、すごいですね。」
   「合羽も着てないですが、お二人とも寒くないですか?」
   「 ちょっと、でも、平気。」
   「すごいですね!」
若いことは本当に素晴らしいです。

 海岸道路が海側に膨らんだ所の右手のがけの下に小さな詩碑がありました。
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    海あまた  風のわたれば
    波遠く
    鴎の羽もいたずくに
    白き鳥どち
    何をもとめて
    空にとどまる

 初めて触れる詩でした。 島匠介と言う方も知りません。でも、いい詩です。
向島の人か、ゆかりの人のようです。
 こうして海を眺めながら歩いていると、何となく詩の世界と一体感を感じるから不思議です。
旅は、凡人を詩人のようにさせてしまうのかも知れません。
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 ↑ 弓削島で撮った鴎(カモメ)ですが、載せておきます。

 詩碑から400mほども行くと、ため池と小学校がありました。
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 ↑ 悪水池と高見小学校です。 悪水池は、かつての塩田跡でしょうか?
 高見小学校の北の後には、昨日苦労した高丸山がありました。


■カレーそして出会い

 高見小学校からは、高見山の山腹にある洋らんセンターを目指すため、海岸線に別れを告げ、進路を西に取りました。
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 ↑ 400mほど進んだ所で、左手の鞍部を越えて近回りをと、民家の前の小道を行くと、たまたま通りかかった民家のご婦人が、「この道は行き止まりですよ。どちらに行こうとされてますか?」と声を掛けて来られました。
 「山越えをして洋らんセンターへ行こうとしています。」と言うと、「とても行けませんから…」と、表通りまで来られて、道順を示してくださいました。
 こうなっては、鞍部越えは中止せざるを得ません。ご親切へのお礼をして、舗装された道を行く私でした。
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 ↑ 遠回りにはなったものの、味わいのある屋敷にも出会えました。

 洋らんセンターへの車道は坂の上の方から入るようになっていましたので、手前の小道を行き、途中で土手を登り、敷地南東角のフェンスの切れ目から入りました。 (^-^)/ 
 受付で、カレーの店を尋ねると、
「そこを右に行った芝生広場にあります。」との答え、
しかし、曲がるべき所を通り過ぎてしまったら、受付の女性の方が出て来られ、雨の中をカレーのお店まで案内してくださいました。 向島のみなさんは、本当に親切です。
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 ↑ カレー屋さんです。正式には、オープン カフェ「PacuPacu」(パクパク)です。
 カウンター横の容器には、黒く小さなオタマジャクシが入っていました。
    「ん!ん!ん!…」
ニホンアカガエルのタマジャクシでした。
マスターは、カエル好きのようです。  (^-^)

 あいにくの雨でしたので、テラスでなく、隣の研修室で食べることになりました。
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 ↑ 研修室から見た「PacuPacu」です。 テラスにテーブルセットがあり、オープン カフェの趣です。
 研修室では、6~7人のお客さんがカレーを食べていて、その中に、同宿の大阪から来られた女性お二人もいました。
   「また、お会いしましたね。」 
   「やぁ!さすが自転車は速いですね。 カレーはどうですか?」 
   「めちゃおいしいで~す。」 
   「そう、良かったですね。 私も楽しみです!」
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 ↑ 研修室内にあった「つるかめ文庫」です。自然系の本が一杯です。
私の好きなカエルやトンボの本も一杯ありました。
向島には、自然を調べたり、再生している「つるかめクラブ」があることを聞いていましたが、その方たちの拠点のようです。
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 ↑ 隅のほうにあったパネルです。 見覚えのあるトンボの写真がありました。 向島の赤ひげ先生こと、Dr.Mさんの写真と文です。 (^-^) 
先生には、いろいろ教えていただいています。ご高齢ですが、素敵な方です。
 机の上には、整理中の昆虫の展翅板や標本箱が置いてありました。
カフェのマスターが、
   「ご飯が切れたので、ちょっとお待ちいただくことになりますが、よろしいですか?」と
言いに来られました。
   「かまいませんよ。ところで、この標本は、マスターのですか?」
   「はい」
   「すると、あなたが江頭さんですか?」
   「はっ はい!」 驚いた顔をされました。
   「申し遅れました。はじめまして、やまねです。 B&B潮風の園生さんの紹介で来ました。カエルとトンボをやっています。M先生とは、懇意にさせていただいています。」 
   「そうですか。それはそれは。ところで、食事の後、時間がありますか?」 
   「はい、あります。」
   「じゃ、後でお話させてください。」
と、言葉を交わした後、展示物を見たりして楽しくカレーを待ちました。
 ところで、肝心のカレーですが、食材のうまみが出ている上、スパイスが効いて、とてもおいしかったです。
私はビーフカレーを食べたのですが、ほかにもいろいろカレーの種類がありました。

 朝、宿を出るとき、
  「今日は、東側の海岸を歩き、時間があったら高見山へ登って来る予定ですが、どこかお勧めの所ありますか?」と尋ねたら、
  「洋らんセンターにぜひ、寄られたらいいわ。きっと気に入るから。それに、おいしいカレーショップもあるからぜひ!」 と、
B&B潮風女将の園生さんが、一押しで勧めたのが納得出来ました。
 ここは、私の好きなものや、興味の対象が、一杯詰まっている所だったのです。
 結局、食後1時間ほど、油を売ってしまいました。 (^-^)
同好の士とは、不思議なものです。初対面であっても、ほんの数分で旧知の間柄のように打ち解けてしまいます。 またまた園生さんに感謝です。
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 ↑ 洋らんセンターから北の方角(尾道の街側)を見た所です。 奥、中央が浄土寺山です。
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 ↑ コンクリートの擁壁で囲まれた調整池を、自然を感じられるように再生した池です。
 バンがいました。 初夏になるとトンボもたくさん羽化するようです。
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 ↑ 小さな田んぼもありました。 「つるかめクラブ」の方々は、私たちと同じようなことをやってられます。
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 ↑ 小さな湿地もありました。
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 ↑ 湿地の傍らには、タヌキの糞もありました。 周りがフェンスと高さのある擁壁で囲まれていますが、側溝を使って夜毎侵入しているようです。
 野犬が入らないでしょうから、タヌキにとっては安心して休める空間です。

 佐渡では、小動物に、ケージのトキが襲われたとニュース報道されていましたが、犯人はテンと思われます。
 彼らは、小さく、敏捷な上に、木も登れば、泳ぎもうまく、おまけに穴を掘りますから、再発防止は大変です。

 今日も、十分に楽しませていただき、余韻を残して宿へ帰る私でした。
 感謝感謝です。



  つづく

 










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