COP10

COP10をお迎えする名古屋
 この秋、名古屋で「COP10」(生物多様性条約第10回締約国会議)が開かれるとのことで、ホスト役を務める名古屋市を中心に、愛知県内では、生物多様性に関する、いろいろな催しものなどが続いています。
 COP10を招致したエライサン(上の人たちを指す名古屋あたりの言葉です。この場合は、自治体の首長や幹部と、先生と言われる議員、中部経済界のお歴々など)にとって、愛知万博同様、招致側の思惑は、
   ①名古屋の知名度を世界へ発信する。
   ②開催による経済効果を期待。
なのですが、リーマンショックの影響で、自動車などの輸出産業を中心とした愛知の経済は冷え込んでしまい、開催にはお金も掛かかるのと、万博のときの「自然の叡智」同様、「生物多様性」は、一般市民には解り難いためか、盛り上がりに欠け、本音としては複雑な想いがあるようです。
 招致された名古屋の市長さんも健康上の理由で退かれ、代わって張り切り型の市長が誕生し、これはチャンスとばかり頑張ってられるようすが、生物多様性や、目指す方向を理解されているかとなると、心もとない気もします。
 一方、市民レベルでは、( と言っても、一部の方々ですが)COP10を追い風に、里山の買い上げや、自然系博物館のようなもの(生物多様性センター)を造ってとの要望を出してられますが、財政が厳しくなっている現在、その実現は期待薄と思われますし、税負担をする企業や一般市民の支持は得られそうもありませんので、せめてCOP10開催までに将来への道筋が出来れば成功と考えられるのが良いのではと思っています。
 勿論、これまで同様、COP10に関係なく、生物多様性と真摯に取り組んでられる人々もいます。
多少、俄仕込み?の○○屋的な方々もいますが、この種のイベントには付き物ですから、無視すれば良いだけです。
 名古屋市を中心とした愛知は、こんなところですが、
他の県などにあっては、「COP10???」 なのではないでしょうか。
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COP10とやまね
 幸いと言うか、名古屋市民でない私は、COP10そのものが生物多様性とは言いながら、真に生物のためではなく、各国にとっての生物資源の確保が主たる目的になっていることが背景にあるため、愛知万博同様、心動かず、これまで同様、山にあって、「身近な生きものたちが絶えないための生息空間の再生・保全」に汗を流しています。
とは言うものの、「生物多様性」と、それらへの市民の関心と意識が高まることの大切さは理解していますので、次の判断基準に照らし、これまでのつながりの範囲で、ご協力させていただいています。

 〔関わるかどうかの判断基準…やまねの場合〕

    ①野生の生きもののためになることか。 (人間のためではありません。)
    ②市民意識を高めることにつながるか。

 備後の旅から戻った翌日の 1月21日と、22日に、続けて催しがありました。

ビオカフェ
 1月21日夜、名古屋市の「らくだ書店」を会場に「外来種問題を考える」とのテーマで、「ビオ・カフェ」なるものが開かれました。

(注) 「ビオカフェ」とは、ヨーロッパで起きた「サイエンスカフェ」の生物多様性版。

 はじめに主催者から、「ビオカフェ」は、専門家と市民が対等の立場で、科学だけでは答えが出ないテーマを議論し、頭の中を整理してもらうものとの趣旨説明と、進め方の話の後、会場を無償で提供してくださった「らくだ書店」稲葉社長の歓迎あいさつがあり、ゲストスピーカーの人たちからの生物多様性や、外来種問題などの報告が行われた後、集まった80人ほどの人たちが、コーヒーを飲み、パンをかじりながら、活発な話し合いを行いました。
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 ↑ 主催者CBD市民ネット・生命流域部会を代表し、大沼さんのあいさつです。
この方は、やまねが尊敬する、私利私欲がない、実践する方です。通勤は昔から自転車です。それも、なぜか年季の入ったママチャリです。
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 ↑ らくだ書店の稲葉社長さんの歓迎あいさつです。
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 ↑ 生物多様性とはなんぞや、おさらいです。
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 ↑ 外来種の問題についてもおさらいです。
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 ↑ 池干で捕らえられた外来魚です。 これらの場合、ほとんどの方が報道などでその悪さを知ってられます。
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 ↑ セイヨウスイレン(園芸種)の除去作業です。 
植物になると、メディアも取り上げてないことが多く、価値観の違いなどが交錯します。
当然、除去に対しての抗議も出ますので、事前合意と、周知徹底が必要です。
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 ↑ 各地の水辺にアカミミガメが増えていることが解ります。
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 ↑ たった8ヶ月でこんなにたくさんの凶暴なカメが捕まっていることに驚きのみなさんでした。
ペット対策が急がれます。
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 ↑ 淡水魚を例に生態系のバランスの説明です。
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 ↑ 滋賀県の某自然史博物館の中庭で飼われていた錦鯉です。(2010.1.17)
さすがに、他の淡水魚のように館内の水槽ではありませんでしたが、錦鯉などのコイが日本の文化としてあるだけに、やむなしと言ったところのようです。(ビオカフェでは反論もありました。)
 自然史系の博物館が「世界の侵略的外来種ワースト100」のコイを飼うとはと、目くじらを立てたりせず、すみ分けも可能と思います。
 ただ、自然史系の博物館の役割を考えるならば、館内の展示で、オオクチバスや、ブルーギルの生態系への悪影響の説明があったように、コイについても、功罪の説明があっても良かったかなと思いました。

〔感想〕
 この種の催しは、どうかすると、同じ想いの人たちだけが集まってしまい、わいわいやることが多く、まったく無駄とは言いませんが、時間の浪費になることが多いものです。
 今回の外来種問題のような場合、認識が異なる人とか、メディア、行政、教育、主婦、学生、勤め人、農業従事者、出来れば子供など、幅広い関係者が参加していないと、開催の効果は期待出来ません。
 今回、
     ①山崎川へのコイの放流 
     ②東山新池に異常繁殖したセイヨウスイレン
上記二つを外来種問題の事例として取り上げ、長年にわたり持ち込みをして来た関係者も出席し、議論出来たのは良かったと思います。
 一般市民の中からも、放流や、持ち込みを支持する意見も相次ぎ、良くないとする専門家の方々と熱くなる場面もありましたが、進行役の大沼さんが、結論を急ぐことなく、意見を上手に引き出してられ、持ち込みをして来た人たちにとっても、過去にして来たことが一方的に攻撃されるのではなく、自分たちの想いも話せたのは良かったように感じました。


持ち込み(外来種)問題と やまねの見解
 下記は、2000年春、ある地域での意識調査結果です。画像の上でクリックし、拡大してみてください。

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 このグラフから判ることは、
    ①生態系に対するコイやホテイアオイの影響を、ほとんどの人は知らない。
    ②教育(啓発)により、意識は変わる。 (注)

 (注) この学校では、総合学習のカリキュラムに「新池研究」があり、4年生から、生態系を含め、ため池の価値(役割)を学び、現状を調査し、問題点を地域に発信したり、自分たちで出来る対策などをしています。 6年生になると、新池の保全活動をしています。
 そのことが、基本を学び終えた6年生と、学んでいない4年生や、大人との意識のズレとなって現れているのです。
大人になったときにも、実行してくれることを願いながら、お手伝いをしています。

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 ↑ 新池の水はどこから来て、どこへ行くかを確認している4年生です。
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 ↑ 釣り人が捨てたゴミを分析している5年生です。
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 ↑ 研究発表を終えて、ニッコリしている5年生です。
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 ↑ 先輩たちが新池の畔に実生苗から創った「子供の森」の除伐をする6年生です。
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 ↑ 5年生の研究発表会で、「どの発表も、とても良かったです。」と話す、やまねです。

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 常識は時と共に変化することもあることは、多くの人が感じていると思います。
ですから、放流をしたり持ち込んだ人たちを悪と決め込み、一方的に攻撃するのではなく、
気づいた時点で一緒に軌道修正することが大切に思います。
 また、合意形成には、急ぎ過ぎず、時間をかけることの大切さを述べさせていただきました。
なぜなら、放流や、持ち込みは、ほとんどの場合、良かれと思っての行為だからです。

 なお、啓発は、解りやすく、継続させることが大切に感じています。
出来れば、散発的にするのでなく、小学校の授業に組み込まれているのがより良いように思います。
子供たちの意識が高まれば、地域の大人にも波及して行きます。

 ブラックバス問題もそうですが、「すみ分け」も選択肢としてあるように感じています。
好き勝手に、いろんな所に放流するのでなく、しっかりした管理の元で、釣りを楽しむことが大切に思います。

 植物の場合、個人の庭や、植物園など特別な所を除き、公園や、自然界に勝手に持ち込む行為は、これからの時代、慎むことが必要です。
 法的整備や規制を待つのではなく、倫理観、自然観として定着させたいものです。
持ち込み問題(外来種問題)は、哲学の問題でもあるように感じています。

 また、持ち込み問題(外来種問題)は、行政、教育機関、メディアなどの理解と協力が不可欠です。
なぜなら、放流などが、好ましい環境活動として取り扱われていることが多いからです。

 言葉の整理も必要に思います。
一般の方々にとって、外来種問題=外国から来た生物が引き起こす問題 との認識です。
 過去も含め、その地に存在しなかった生物を、人為的に持ち込んだりすることで、
生態系のバランスが崩れるなどの諸問題を含み、必ずしも外国産だけではないのですから、
外来種に代わる言葉として、移入種とか、持ち込み種との表現が良いように感じています。

 それと、野放し状態のペット文化に対しても、見直しが必要に思います。

 この件については、翌日行われたシンポジウムの中で、述べたいと思います。



                                           つづく

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