岩子島の山に登る (後編)

■岩子島から向島へ戻る
 「浜之浦隧道」の向こうを少しだけ覗いて行くことにしました。
学校跡近くにあった「岩子島隧道」は、長さが95mほどで曲がりくねっていたのに対し、「浜之浦隧道」は、長さは70mほどで、ほぼ直線です。幅員も2.8mほどで、「岩子島隧道」よりも1mほど狭い感じでした。
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 ↑ 内部は一部を除き、両トンネルとも岩盤がむき出しです。
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 ↑ トンネルの中からの眺めです。
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 ↑ トンネルを出たところです。海岸の辺りは、次に訪ねたときの楽しみにとっておくことにしました。
次に来るときは、向島大橋を渡ったら、海岸線を時計回りに歩いて来たいと思います。
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 ↑ 常夜灯のある辻には、火の見櫓と、75番札所善通寺と言う小さなお寺がありました。ここも、ロケ地になっているようです。
機会があったら、大林宣彦監督の「新・尾道三部作」を観たいものです。
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 ↑ 「岩子島隧道」を西側から見たところです。 トンネルの左手、石垣の上が廃校になった小学校の校庭です。
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 ↑ 小さなお堂がありました。いつもお参りしているらしく、花とお茶がお供えしてありました。
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 ↑幕に隠れて一部お顔が見えませんが、千手観音と何らかの仏像が祭られていました。
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 ↑ 家に囲まれた畑の中(庭?)に、人工的な水辺が創られていました。世間一般で言われるビオトープのようです。この家の方は、生きものが好きなようです。暖かくなったら、トンボなどが羽化したり産卵に来ると思います。
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 ↑ 行きにパンを買ったJA近くにあった、風情ある土壁の家です。二階建てですが、窓などの造りからすると、住居ではないようです。当時は何に使われていたのでしょうか?
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 ↑ バス停から向島大橋間の道の両側には、島特産のワケギが、温室や地植えで育てられていました。
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 ↑ 畑の中に灌漑用の皿池らしいものがあったので、覗かせていただくと、種は判りませんが、稚魚がたくさん泳いでいました。 畑の持ち主は、先ほどの水辺を創られた方と、同じ人かも知れません。あるいは、似たような方がいるようです。
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 ↑御幸瀬戸に浮かぶ小船と向島大橋です。
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 ↑ 向島大橋です。
車のための橋と、歩行者用の橋が平行して架かっていました。
私は、歩きでしたから、右手の歩行者用の橋を渡りました。
 ところで、島間を結ぶ橋の名前は、なぜか、大きい島の名前だけが付きますが、他所から来た者にとっては判りにくいものです。
 多くの峠でみられるように、便宜上、二つの名前が付かないものでしょうか。 
峠の場合も、地図などではひとつの名前になっていますが、向かう先の土地の名前で呼んでいるのが意外と多いです。つまり、ひとつの峠に二つの名前があるのです。
 同じように、島間を結ぶ橋も、行く先の島の名前で呼ぶことが出来るようにするのです。
例えば、岩子島から向島へ渡る側には、向島大橋(岩子島大橋)と、向島から岩子島へ渡る側には、岩子島大橋(向島大橋)と名板に( )で連記しておくのです。
 あるいは、向岩橋などと、両島の頭文字で表すのも良いかも知れません。
このようにすることで、どこの島へ渡る橋かも判りやすくなるだけでなく、島の名前が採用されなかった小さな島の方々の気持ちも、満たされると思うのです。
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 ↑ 橋の上から見た対岸の三幸小学校です。岩子島の子供たちも通っている学校です。
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 ↑ 同じく橋の上から、因島大橋側を見たところです。

 向島大橋を渡った後は、ため池を観たかったので、バス道を通らず、畑と点在する家の間を東へ抜ける山越えの小さな道を選択しました。
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 ↑ 峠を超えて最初の集落です。地籍は沖条のようです。
左手には道普請のときの立派な記念碑がありました。同様の記念碑は岩子島にもありました。
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 ↑ こちらの記念碑は、向島の有井にあったものです。島の人たちが、お金と労力を提供して、長い年月をかけて整備されたようです。重機などがない時代ですから、大変だったと思います。
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 ↑ 時間を確認したかったので、津部田の郵便局側へ出ました。 向島西郵便局です。13:43でした。尾道まで行ってお好み焼きを食べる時間が十分にあります。
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 ↑ 津部田にも常夜灯がありました。袴越にあった常夜灯と同じ頃に立てられたと思われます。
 しばらく行くと、ため池がありました。
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 ↑ 才神池です。 コガモやカイツブリ、バンがいました。季節になればトンボもたくさんいそうです。すぐ東隣が運動公園になっていました。
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 ↑ みゆき保育所です。
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 ↑ 長者ヶ原池です。
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 ↑ 長者ヶ原池は谷池で、満水時には水深のある池でした。
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 ↑ 長者ヶ原池は、あいにく改修工事中でした。 なお、私が事前入手した資料では、名前が長者池となっていましたが、案内板の表記は、長者ヶ原池となっていました。
ため池の場合、現地の人たちが使っている名前と、行政の持っている「ため池台帳」とで名前が違っていることは、よくあることです。
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 ↑ 有井の白方池です。水位が下がっていました。
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 ↑ 白方池では魚やエビが飼われているようです。 ただ、コイが入っているとしたら、トンボもエビも食べられてしまいますので、人間が捕らなくとも、エビもヤゴもいなくなるでしょう。
 コイは、悪食で大食漢なため、「世界の侵略的外来種ワースト100」に入っていますので、捕っても食べることの少なくなった現在では、河川や、ため池などへの安易な放流はやめたいものです。
 ただ、日本の場合、昔から、こいのぼりや歌で親しまれ、掛け軸などにも描かれ、鯉料理があったように、コイはひとつの文化を形作っていますので、意識の改革には時間が必要です。
 カープファンのやまねとしても、良い生態系の維持とのはざ間で、悩ましい課題となっています。

 途中、先回お世話になったトンボのM先生宅へ立ち寄り、ご挨拶をし、福本渡船で、尾道の町へ向かうやまねでした。


 (ご参考)

■旅は地形図を持って
 旅も、山もそうですが、ガイドブックや、パンフレットなどで情報を入れ過ぎると、発見の楽しみは低下するように思います。
 やまねの場合、歩いて回りたい目的地付近の国土地理院発行の「地形図」と「シルバーコンパス」を持って行きます。
 地形図は、とても優れもので、地表の形態、土地の利用状況、植生などの自然環境、集落や町並み、公共機関、史跡、城跡、名勝、社寺の位置、温泉、博物館、図書館、港、灯台の位置などや、鉄道(JRか私鉄かも判ります。)や、道路の状況(おおよその道幅も判ります。)、その上、トンネルや橋、石段なども表示されています。
 限られた紙面に、地図記号を使い、たくさんの情報を精度よく載せていますが、お店の名前や、名所旧跡の解説などの情報はありません。
 このことが、情報をシンプルにさせ、パンフレット的な余分な情報がない分、地形図を見ながら、自分で判断し、訪ねて回るため、自分らしい旅が出来、いろいろな発見につながり、のんびり歩いて回るだけに、土地の方との対話も多く、結果、喜びの多い、印象に残る旅になっているように感じています。
 いつも使う地図の縮尺を出来るだけ揃えることで、地形図を見ただけで、地形が頭の中に浮かび、目的地までのおおよその時間や、山などにあっては、登り下りのきつさなども予測出来ます。
なお、私が普段持ち歩く地形図の縮尺は、1/25000か、1/12500です。
 常に現在位置を確認しながら歩きますので、初めての地で、誰もいない所であっても、迷うことはありません。

 地形図の読み方、使い方については、国土地理院のココをご覧ください。表記上の約束ごとを理解したら、後は使い慣れることです。
近くに、地図読みの上手な方がいたら、マンツーマンで、数回歩いていただくのが良いでしょう。
 シルバーコンパスは、登山やアウトドアの店にあります。 購入の際は、3000円以上のものを買いましょう。
近くで、オリエンテーリングの公認大会が開かれるようなときは、会場に行けば売っています。それに、地図読みのエキスパートが集まっていますので、応援しながら、知り合いになり、教えを乞うのが早道です。
       

 









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