富士山を見る

 1月6日。
刈谷発6:34、油比9:45着の青春18切符で浜石岳(707m)に登って来ました。
快晴・無風の好条件にも関わらず、正月明けが幸いしたのか、山頂には数人の登山者しかいず、静かで、のんびりと展望を楽しむことが出来ました。
 
 写真は山頂からの展望です。
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 ↑ みなさんになじみの山ですね。
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 ↑ 手前が蒲原丘陵の大丸山や金丸山、奥が愛鷹連山や箱根方面です。
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 ↑ 十枚山、笊ヶ岳、寛ヶ岳、篠井山方面です。南アルプスの悪沢岳や赤石岳もわずかに見えました。
どれもが、なつかしの山々でした。
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 ↑ 天子ヶ岳、毛無山方面です。
 かつて、井出から入り、思親山、天子ヶ岳、長者ヶ岳、毛無山、雨ヶ岳、竜ヶ岳と辿り、本栖湖畔で正月を迎えたことがありました。
 ちょうど、エレファントクラブと言うツーリングの人たちがキャンプをしていた所へ、大きな荷を背負った人間が降り立ったものだから、異邦人のような歓迎を受け、食事に飲み物と、いろいろご馳走になりました。
 エレファントクラブのみなさん、今も、ご活躍のことと思います。あの節は、ありがとうございます。
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 ↑ 駿河湾です。 伊豆半島も見えました。
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 ↑ 清水港と三保の松原方面です。
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 ↑ 山頂から薩埵峠へ向かう尾根筋は、ほとんどが人工林で展望が利かないのですが、一箇所だけ展望が利くところがあり、富士山や愛鷹連山、由比から蒲原へかけての町並みと、駿河湾などが見えました。
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 ↑ 浜石岳の三等三角点も、ICタグが埋め込まれていました。 由比のあたりは地滑りが起きやすいため、いたる所に観測網がありました。
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 ↑ こちらは東海道一の眺めと言われ、安藤広重の版画にもなった薩捶峠(さつたとうげ)付近からの眺めです。
版画に彫られた時代と違い、かつての松の木があった辺りは、ミカンやビワが植えられていました。
 油比海岸は、日本海の親不知火(糸魚川)同様、海辺へ山が迫り出していて、今も昔も交通の難所となっています。
 写真からも東名高速道路、国道1号線、JRの東海道線などが、狭いところに並んで通っているのが見て取れます。

 なお、油比の町(現静岡市清水区油比町)は、江戸時代は由井と言ったようで、広重の版画も油井で、謀反人として処刑された由井正雪も、この地の人とのことです。世が世ならば、職を失った人(藩の取り潰し増加による浪人)を救済した立派な人として歴史上に名を残したと思われますが、世渡りが下手だったのでしょう、謀反人となってしまいました。

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