2009年春 「青春18きっぷ 小さな旅」 ⑥尾道~広島市~宮島

 4月9日

 向島へ来て3日目の今日は、朝食前に土井の大影山、朝食後に立花の高見山と、向島の二つの三角点を訪ねた後、今回の旅の目的の一つであった「原爆ドーム」を山陽本線にゆられて訪ねました。


■念願の広島市

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 列車は沼田川(ぬたがわ)に沿って走って行きます。 車窓の景色を楽しめるのは鈍行列車ならではの良さです。これで、駅弁が所々に残っていれば申し分ないのですが、時代は、それらを取り去って行きます。
 工事中の大きな橋がありました。 位置からすると広島空港へのアクセス用でしょうか。
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 山陰の石州瓦の系統でしょうか。赤瓦の美しい民家が目に付きました。 旅する楽しみの中に、地域文化との出会いがありますが、この地ならではの景色に出会えるのはうれしいものです。
 ただ、そのような地方色の残る民家も、核家族化と共に、量産の企画住宅などにとって代わられ、全国的に少なくなっているのはさみしいことです。

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 広島市内を元気に走る路面電車「広電」です。(JR駅前にて)
 今の車社会にあって、路面電車(市電)の残る街は、どこもが、行政を預かる上の方々だけでなく、市民も、しっかりした価値観とポリシーを持っているように思えて、私は好きです。
 それは、車だけの利便性を考えず、車を使えない人たちの足の確保をも考える。つまり、自分の都合だけで物事を推し進めない、人としての温もりを強く感じるからです。
これらの人々には、人だけの都合でなく、もの言えぬ自然界に対しても、配慮が期待できます。

 広島の路面電車については、下記「広島電鉄株式会社」のHPをご覧ください。
               http://www.hiroden.co.jp/ 
 
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 初めて訪ねることが出来た「原爆ドーム」です。
 何とも言えない不思議な気持ちになりました。
   巨樹の下に立ったときの感覚とも似ています。
   阿修羅や薬師如来の前に立ったときの感覚とも似ています。 
   ただ、もっと不思議な大きな力を感じ、思わず手を合わせました。

 人類が核兵器を初めて使ったための悲し過ぎる出来事でした。
 何十万もの一般市民の命が奪われ、後遺症に苦しまれた爆心地です。
 私は、まだ生まれていませんでしたが、くり返し原爆や戦争の悲惨さを聞かされました。
   「NO MORE HIROSHIMA ! 」です。

 人間は、なぜ争うことから抜け出せないのでしょうか? 
 なぜ、力のある者が、ない者をいじめるのでしょうか?
 本能で片付けるには、さみしいです。
 欲を持ち過ぎるためのように思いますが、いかがでしょうか。

 先ごろ、オバマ大統領が、アメリカは唯一核兵器を使用した国であるからこそ、核兵器の削減に責任があるとの見解を述べていました。
 世界中の多くの人々の願いに向かって、各国力を合わせて平和な世界を築きたいものです。

 原爆、そして、戦争で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。  合掌





 ■せっかくの宮島が…

 少し時間がありそうなので(注)、再び路面電車に乗って「安芸の宮島」を目指しました。
(注:) 以外に思われるかも知れませんが、私は、旅に出るときは時計を持って行きません。
     実は、普段も、持ち歩かないことが多いです。
     腹時計と、太陽の位置で判断しています。 ±1時間くらいですが。
     ですから、電車などは、来たものに乗ります。
     勿論、失敗もありますが、それも旅の楽しみです。
     どうしても時間が知りたいときは、近くの方にお尋ねします。
     そうです、これって土地の方とお話しするきっかけにもなっているのです。

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 今回のは、ちょっとおしゃれな電車です。 5000形グリーンムーバーとのことでした。
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 「広電」にも感心していたのですが、車窓からの風景で、またまた広島の街に感心してしまいました。 さすがです。
    「何が?」
 それは「街路樹」です。 上の写真が車窓から見た「広島市内の街路樹」です。 活き活きしています。
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 こちらが、全国各地で最も多く見られる「平均的街路樹」のある風景です。
上の「広島市内の街路樹」と比較してみてください。

  この差を解っていただけたと思います。
私たちが、樹の立場だったら辛く悲しいことです。

 結局は、「市民の意識」と思います。 
新しい道路が出来ると、「ぜひ、街路樹を!」と、おねだりして来た結果です。
行政は、市民へのサービス機関です。市民の要望が高ければ、何とか実現させざるを得ないのです。
「樹を植えるのはいいことだ。」と考える方が多いのですが、闇雲に植えても、本当の良さは得られません。
適地がありますし、植え過ぎても、混み過ぎたりしますと、いい樹や森にはなりません。
その後の管理のことも考える必要があります。
樹木も命がありますから、無駄な剪定を繰り返すことなく、本来の活き活きとした姿・形にしてあげたいものです。
そうすれば、その樹がもっている本来の姿で、私たちをいやしてくれます。
樹は、最低でも30年~50年後も考えて植えることが大切に思います。
そろそろ、一過性のイベントで樹を植えることからは、卒業したいものです。

 街中に緑陰がほしいのであれば、狭い路肩に無理やり植え込むのでなく、例えば300~400mおきくらいに、小さな緑陰公園を造り、そこに元々その地に在った樹木を植えるようにされたらと思います。
勿論、植えた樹は、可能な限りのびのびと、自然仕立てです。
ちょんちょん切るのは、盆栽の世界か、庭木に任せましょう。
緑陰公園には、水場や、ベンチ、トイレなども置けば、いやし空間としての価値も高まるでしょう。
 読書や、お茶を飲む空間にしてもいいでしょう。 詩や絵が展示してあってもいいでしょう。

 各地にシャッター街が多くなっていますから、今がチャンスと思います。
需給のバランスを考えないで、再開発や店舗の誘致をしても、結果は目に見えています。
日本らしい、ゆったりと、魅力のある街にすることが大切に思いますが、いかがでしょうか。
電線の地中化と共に、日本の街も、景観を良くするために舵を切りませんか。
あなたの街から。 
そのためには、あなた自身も動いてみましょう。
最初は、自分の街の街路樹のチェックです。
景観はいかがですか? 年間の維持費は?
関心を持つことで、多くを知り、多くを学びます。 学んだら行動です。
そうして、街が、地球が、よくなって行くように思います。

 なお、下段タイプの街路樹は、景観も悪化させ、毎年繰り返す剪定などの維持管理で、税金の無駄遣いにもなっています。
街路樹は、広い道路だけにしたいものです。
何でもほしがると、結局は、魅力がなくなります。

   街の中に小さな森が点々とある。(瀬戸内の島のように)
   それらを頼って野鳥などが訪れる。
   水場ではトンボが産卵する。
   そして人間もくつろげ、いやされる。

 巨費を投じて、一旦絶滅した○○などの、可能性の低い復活プロジェクトよりも、身近で出来ることと思うのですが。 いかがでしょうか。




 いよいよ宮島

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 JR宮島航路です。 青春18きっぷでも乗れるのです。(^ ^)
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 宮島の最高峰:弥山(535m)です。中々の険しさです。
三角点もありますが、今回は時間もないので登りませんが、こうして海から眺めていると、屋久島や利尻島が思い起こされます。
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 大鳥居と厳島神社が見えて来ました。
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 「んん・・」 イメージと違います。
そうでした。 潮が引いているのです。 潮干狩りの人で一杯です。
下船後知ったのですが、今年に入り一番の引き潮の時に宮島へ行ってしまったようです。
海知らずの山育ちの悲しさです。 反省です。
でも、でも、です。 考えに方よっては、普段は見られない厳島神社や大鳥居が見られたのですから、ラッキーともいえるのです。 水の中に浮かぶ厳島神社や大鳥居を見る楽しみは、次にとっておきましょう。
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 水の中に浮かぶ神社とはいきませんでしたが、さすがに日本三景「安芸の宮島」、世界遺産「宮島」です。
 厳島神社は平家一族の崇拝を受け、平清盛が現在の社殿を造営したと聞きますので、人のいない海辺で、一の谷で敗れた笛の名手・平敦盛を偲んで「青葉の笛」を、篠笛で奏でさせていただきました。
 意外なことに、ギャラリーの方が来ていました。
メキシコの方に、ノルウェーの方もいました。 
「 SHINOBUE is good!」とのことでした。(^ ^) 音楽に国境はないようです。
「宮島」は、世界遺産でしたから、みなさん、お出でになるのですね。

 名曲「青葉の笛」については下記「季節の花」さんのサイトをご覧ください。篠笛ではありませんが曲も聴くことが出来ます。
        http://www13.big.or.jp/~sparrow/MIDI-aobanofue.html
  
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 宮島にあった広島風お好み焼き「くらわんか」さんにあった絵です。
船の上でお好み焼きを焼いています。お好み焼きも歴史があるようです。 また、一つ学びました。
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 私は、広島風お好み焼きは初めてでしたが、これだけ大勢の観光客が来られる所には珍しく、とてもとても、おいしかったです。 「くらわんか」さん、お薦めですよ。
 「くらわんか」さんのHPがありましたので、載せますね。

          http://kurawanka.web.fc2.com/index.html   
          宮島へお出でのときは、お立ち寄りください。 


 半日ほどの小さな旅でしたが、多くのことを感じ、学んだ旅でした。
帰りはJRで、いねむりしながら、尾道、向島へと戻る私でした。 


補足:

 今回の旅の引き金は、
昨年の12月25日に、母の49日法要の帰りに立寄った、雪の会津高田の「会津野YH」で同宿になった広島からの一人旅のご婦人でした。
  そのときの旅模様です。 
  http://yamanenone.at.webry.info/200901/article_2.html 
  
 ご主人が旅立たれた後、自由になったからと、70歳になってから一人旅を始められたそうです。
「わち、今が青春よ。18きっぷは、ええじゃね。」と、明るく笑っておられました。
身支度もしっかりとされていて、くるぶしまでのウォーキングシューズにスパッツ、毛糸の帽子、襟巻き、厚手のコートなど、登山者のようにしていて、「毎日、宿へ着いたら、心配かけんよう、子どもと孫にメールしてるんよ。」と、可愛いい笑顔で語ってくださいました。
連泊の方でした。 旅のこと、広島のこと、いろいろ語ってくださいました。 それも、広島弁です。(^ ^)
 とても可愛いらしいご婦人でした。
…広島の女性は、みなさん、可愛いかったです。 (本当ですよね。広島の男性諸氏さん)

 先回の青春18きっぷの旅は、実母の法要帰り、今回は、義母の葬儀直後でした。
こんなときに旅に出してくれた妻や、関係の方々に改めて感謝感謝です。 ありがとうございます。

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