旧道(飯野~瀬戸)を行く

3月16日(月)
 県道33号線「戸越峠」から猿投山へ、かつての尾張と三河の国境尾根(くにざかいおね)を歩いたとき、鞍部を東西に横切る踏み跡があり、後日、その鞍部が「南戸越峠」であることを知りました。
 今回、北一色側から「南戸越峠」へ登り、国境尾根経由で猿投山の一等三角点山頂に行った後、「632m最高点」から東へ伸びる尾根経由で、再び北一色へ降りました。
 なお、峠の瀬戸側(県道33号線)は、以前踏査しましたが、雨の日や豪雨の後は、避けたほうが良さそうです。
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 北一色の集落からは西へ向かって林道があります。車は、このゲート手前に置きました。
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 林道の奥には炭焼き窯があり、窯の前で林道は左にターンしています。
「南戸越峠」への旧道は、炭焼き窯の右手を直進し、沢に沿って歩きます。
 林道が出来る前は、この沢筋に沿って北一色から峠道があったと思われますが、現在はたくさんの砂防ダムがあり、地形も変わっていますので、炭焼き窯までは林道を歩くのが良さそうです。
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 炭焼き窯から奥の道は、砂防ダム工事用作業道らしく、ダム池近くまでは4輪駆動車なら入れそうです。
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 砂防ダムの傍らの苔むした擁壁には、「→戸越峠」の文字が読み取れました。
 ここからは、けものの踏み跡を辿りながら、沢を忠実に詰めました。
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 「南戸越峠」を瀬戸側から見たところです。右手の白く丸いものはアルミのお盆です。どなたかが目印に付けたようです。
 ちなみにこの峠道は、県道を横切った後、東大演習林の中を流れる白藤川に沿って北上し、「北戸越峠」へ出て、白岩や西市野々へ通じていたようです。
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 昨年の秋に撮った「北戸越峠」にある牛頭(ごず)観音です。西市野々の人々によって立てられたと書かれていました。
かつては牛馬も通る大切な道だったことがうかがえます。
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 「南戸越峠」の北側には、宮標石があり、「猿投」と「宮」の文字が読み取れました。
左の立派な標石は、頭に「町」の文字が入っていました。
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 国境尾根の途中に、幹が二度も合体した、おもしろい木がありました。
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 主稜線手前からは、木の間越しに「632m最高点」が見えました。
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 下りに使った尾根筋には、人がほとんど入ってないないせいか、モシカの真新しい糞がありました。
 イノシシの痕跡は、ここかしこにあり、生息数が多いのがわかりましたが、カモシカも生息していたことにほっとしました。
他には、イタチの姿をしばらくの時間観ることが出来ました。
 なお、ここ数年目撃情報が増えているクマですが、猿投山の東側域では、痕跡が認められませんでした。
クマがいるとすれば、地形、植生などから西側域が考えられます。
後日、調査に入るつもりです。

 なお、今回下りに使った東側の尾根筋に入るには、地形が複雑に入り組んでいることや、急峻なところがあるため、地形図とコンパスが必須で、高度な地図読みが求められます。

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