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みんなの「旅」ブログ


2009年春 「青春18きっぷ 小さな旅・広島」 を振り返って

2009/04/20 22:27
 プロローグ

 人間、誰もが、行きたい所、行ってみたい所は、いろいろあるものですが、
行けそうでも、中々行けないことが多いものです。
でも、あるとき、ちょっとしたきっかけが後押しをして
長年の夢が現実になったりします。
 今回の「広島の旅」は、昨年暮の只見線の旅で出会ったご婦人がきっかけでした。
      http://yamanenone.at.webry.info/200901/article_2.html
 そうだ、日本人として、広島は行っておかなくては!
思い立ったが吉日です。 春休みの「青春18きっぷ」で行くことにしたのでした。

 はじめは「18きっぷ」をフルに使って下関まで行き、関門海峡を歩いて九州へ渡った後、東へ戻りながら広島県内を…と考えていたのですが、
世の中、そうそう計画通りには行かないものです。
 8年前から寝たきりの義母の容態がかんばしくなくなり、
「18きっぷ」は確保しておいたものの、旅に出れる状態ではありませんでした。
 しばらくして、 「お母さんも安定して来たから、行って来たら…」との妻の声に、
その気になって宿の手配をしました。
 しかし、明日から出かけようとした4月3日の夕刻、義母が亡くなり、
旅どころではなくなりました。

 インターネットで予約しておいた向島の民宿 「B&B潮風」さんには、メールでは失礼かと電話でお詫びをしたら、突然のキャンセルにも関わらず、こちらの事情をご理解いただき、キャンセル料も取らず、お悔やみのお言葉までいただきました。

 諸々の手配、通夜、葬儀と進める中で、4日の山の講座も気がかりでしたが、
通夜が5日になったことで、みなさんに、ご迷惑をお掛けせずに済みました。

   4日の山の講座です。
      http://yamanenone.at.webry.info/200904/article_1.html      


 「青春18きっぷ」は、未使用のまま記念に取っておくつもりでしたが、
葬儀が済んだ晩に、「お父さん、行って来たら」 との妻の一言で 
急ぎ宿の手配などをして、翌朝、妻にJR刈谷駅まで送ってもらっての「広島の旅」でした。
  
 なお、「青春18きっぷ」は3日分だけの使用となりましたが、「18きっぷ」を買っていなかったら、今回の旅はなかったわけで、改めて「青春18きっぷ」の存在価値を知りました。
 旅で出会った多くの人たち、直前のキャンセルや変更にも関わらず温かく対応くださった「B&B潮風」さん、旅を支えてくれたたくさんの人たち、そして妻へ、心より感謝したいと思います。
おかげさまで充実した旅になりました。

 
■人との出会い
 
 「一期一会」  好きな言葉です。 
          例え、二度と出会うことがないのかも知れませんが、
          真心で接することが出来ればと思います。

 「旅の恥は掻き捨て」  嫌いな言葉です。
          でも、旅先では知った人が、まずいないから
          普段出来なかったことを前向きにチャレンジしよう!
          失敗しても人目を気にすることもないのだから…と
          解釈するのであれば、
          これもまた、いいのかなと思います。

  今回の旅でも、多くの人との出会いがありました。
 そして、たくさんの影響を受けて帰ることが出来ました。
 お世話になった方々に、心より感謝申し上げます。


  出会った方々の中から、主な方をご紹介させていただきたいと思います。

@Kさん (向島)
  民宿「B&B潮風」の大女将の今は亡きご主人。
  昨年1月28日に91歳でお亡くなりになっていましたが、
  戦前、東京で映画の美術の仕事をされていて、
  記録にあるものとしては、以下のような作品がありました。
     ・春星夫人…新興キネマ(東京撮影所)
     ・逞しき愛情…新興キネマ(東京撮影所)
     ・思出の記…大映(東京第一撮影所)
 戦局の悪化で映画の仕事が出来なくなり、故郷向島に帰り、他の仕事をしながら、絵を描き、故郷の島々や尾道などの写真を撮って、個展を開かれていたようです。
 「ヒロシマ平和カレンダー」の90年と91年版は、Kさんの作品でした。
 作品の一部を見せていただきましたが、どれもが何気ないようでいて心惹かれる作品で、戦争がなかったら、大きな仕事を残されたと思いました。
 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 合掌
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 若いとき描かれたとの裸婦です。(油絵) みずみずしい感性がほとばしるような作品で、ご本人に会えなかったのが残念です。
 なお、残されていた写真の中には人間を撮ったものもあり、
私の好きな画家・安井曽太郎の若い頃の写真もありました。 
時間がなく、ほんの一部しか拝見できなかったのですが、
次にお邪魔したときには、「Kさんの世界」を、じっくり堪能させていただけたらと思いました。
 どの作品も素晴らしいですので、大切に保管いただけたらと思います。
作品と人物紹介のDVDなんかあると、宿泊者が自由に見れて、うれしいです。

 子どもの頃、野山を連れ歩いた甥は、映画監督を目指し、黒沢清監督、北野武監督の元で勉強中なこともあり、、私も映画制作に関心があり、いろいろお聞きしたかったです。
    甥の関わった作品です。 ( オ〜イ馬鹿ですが )
    ご参考までに http://www.new-konjaku.jp/mitoshi.html
             http://www.new-konjaku.jp/index2.html
             http://www.lastscene.net/geidai.html
       柳ユウレイさんや、つぐみさんなどに出演いただきました。
 多くの方々に、観ていただける作品を創れる人間に育ってほしいと願います。

 AM先生 (向島)
   向島で長年お医者さんをされていた方。 87歳。
   トンボが好きな先生と、「B&B潮風」の女将さんに、ご紹介いただきました。
   初対面にも関わらず、向島のトンボのことなどを、たくさん教えていただ上、
   毎年ヤブヤンマが産卵に来る庭の池も、ご案内いただきました。
 共通の関心事があることは不思議なもので、初対面で年齢差があっても、直ぐに打ち解け、お互い、子どものように話しが弾みました。 (^ ^)
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 記念にいただいた「ヤブヤンマ」の写真です。
♂の複眼は日本のトンボの中でも、特別きれいと言われています。 庭の池には、いろんなトンボが産卵に来るとのことで、ぞくぞくでした。
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 M先生宅玄関アプローチです。
左手の庭に、トンボのための手づくりの池がありました。
池だけでなく、休む空間もあるのがポイントのようです。メジロも営巣していました。
生きもののために、消毒も控えてられるとのことでした。
 この先生にして、このお庭ありです。
 おかげさまで多くを学んで帰ることが出来ました。 ありがとうございます。

 BMさん (向島)
   5年ほど前に横浜から向島に移り住み、
   30数年続けて来られた「能面」や「狂言」の面づくりをされています。
 縁とは不思議なもので、早朝の散策で2日連続お会いしました。
2日目は遠くから気づかれ、ニコニコしながら近づかれて、向島のこと、
小面(こおもて)など、普段聞くことの出来ない能面のお話しなどを、
お聞かせいただきました。
次に向島に来たときは、Mさんが打たれた小面を拝見したいと思います。
 何事も継続させることは大変なだけに、尊敬してしまいました。
 
 
■瀬戸内・向島

  ♪ みかんの花が 咲いている 思い出の道 丘の道
     はるかに見える 青い海 お船が遠く かすんでる  ♪ 

 山国で育った私には、「みかんの花咲く丘」は、想像の中の世界でした。
4年生のとき、はじめてみた太平洋。 そして、今回の瀬戸内海。 
どれもが、感激でした。 
山の向うには何があるのだろう、そう思って山へ登った子ども時代。
幾重にも幾重にも続く、山並みだけでした。
高見山に上って見た瀬戸内の島々。 雲海が出たときの山に似ていました。  

 
■旅のスタイル

 年を重ねるということは、いいこともたくさんあります。
記憶にしても、新しく入るものより、忘れることのほうが多いように思います。
ですから、がむしゃらに上を目指していた若い頃と比べると、
力むこともなく、欲張らず、的を絞り、楽しみながら淡々とやるようになった気がします。

 今回の旅も、「B&B潮風さん」に「連泊」したのが良かったです。
「青春18きっぷ」を持ちながら使わない日があったのも、良かったのかも知れません。
そのことで、未知の島を巡ることが出来ました。

 国土地理院の1/2500地形図。 
これは優れものです。全国、同じ尺度で判断できます。
たくさんの情報がありながら、余分なお仕着せ情報がない。
例えば、観光コースのお立ち寄り所。 地形図の上では、黒い小さな点々や塊でしかありません。
何の説明もない、あるのは等高線と地図記号だけ。
集客側の作戦にはまることなく、地形を読んで、自分の行きたい所へ行けるので、何を見ても新鮮で、いろいろ発見があります。
 発見も、旅の楽しみの一つに思います。

 でも、どこがおいしいお店かは、地元が頼り。
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 「B&B潮風」さんが、実地調査した手づくりの「おすすめMAP」です。
大いに役立ちました。 宿泊者はいただけます。

  「B&B潮風」さんのHPです。
     http://island.geocities.jp/sonoo_py/home.html



  
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2009年春 「青春18きっぷ 小さな旅」 F尾道〜名古屋

2009/04/20 10:27
 4月10日(金)

 楽しかった旅も、今日は帰る日です。

■民宿 「B&B潮風」 (向島)
 昨夜は満月でした。
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 福本渡船から見た向島の小歌島(おかじま)付近です。
名前の通り、かつては小さな島でしたが、埋立てられて、向島とつながりました。
 「B&B潮風」さんは、お月さんの少し右手下、時計で言ったら3時20分あたりの山かげでしょうか。 
福本渡船場(通称:一円ポッポ)からは5分ほど。駅前渡船からだと2分ほどらしいのですが、運休中。

 最後の日でしたから、お酒をいただきました。
はじめは、大女将の妙子さんがお相手をしてくれました。
昔の向島のこと、ご主人のことなどをアルバムをめくりながら語ってくれました。
同宿のYさんが「B&B潮風」さんに戻ったのは9時近かったでしょうか。
後片付けを終えた女将の園生さんも合流し、みんなで楽しく飲みました。
フランス産のおいしいブランデーでした。

 Yさんは、実戦などで使われた年代ものの飛行機に乗ることが大好きで、たびたびイギリスを訪ねるロマンと実行力のある人です。
私は複葉機には乗ったことがないので、うらやましく、お話しを聞かせていただきました。
「B&B潮風」さんは4度目とかで、将来、尾道に住む夢があるようで、連日、尾道の古い民家を訪ね回っていたようです。 (平成の大合併で向島、因島、生口島も尾道です。)
 女将さんは、男たちのたわいない話にも嫌がることなく聞きながら、「ところミュージアム」、「高見山」、「かみちゅ!」などを、すすめるのでした。
すっかり洗脳された私は、次にお邪魔したら、「ところミュージアム」は行かねば!と、思うのでした。
 そんなこんなで、11時頃まで楽しい時間が過ぎて行きました。

 アットホームで、幼なじみの家に泊まりに行ったような、ゆったり出来る 「B&B潮風」さんでした。

  民宿 「B&B潮風」さんのHPです。
        http://island.geocities.jp/sonoo_py/home.html

  シンプルで素適な旅を目指す方は、ぜひ、ぜひ、ご利用ください。 
  おすすめです。 ☆☆☆☆☆
  島でありながら、尾道の街中へ10分ほどで行けてしまうのも魅力です。


■ 出発

 そろそろ出ようかと玄関に出ると、女将さんも旅支度で玄関にいました。
今日は「青春18きっぷ」で、名古屋のお友だちに会いに行くのだそうです。
 偶然。方向は同じ。 「なら、一緒に行きましょ!」と、
 名古屋までの楽しく愉快な旅になりました。
 旅は道連れ世は情けですね。 ほんと。

   道中のことついては、下記「尾道日和Vol.3」をご覧ください。
        http://onomitibi.exblog.jp/d2009-04-11


   ちょっと社内冷房効き過ぎでしたが。
   おかげさまで楽しかったです。  ありがとう。ありがとう…。


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 有効期間中に3日分しか使わなかった「青春18きっぷ」です。
でも、「青春18きっぷ」だったからこその、充実した旅でした。
 
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2009年春 「青春18きっぷ 小さな旅」 E尾道〜広島市〜宮島

2009/04/17 17:40
 4月9日

 向島へ来て3日目の今日は、朝食前に土井の大影山、朝食後に立花の高見山と、向島の二つの三角点を訪ねた後、今回の旅の目的の一つであった「原爆ドーム」を山陽本線にゆられて訪ねました。


■念願の広島市

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 列車は沼田川(ぬたがわ)に沿って走って行きます。 車窓の景色を楽しめるのは鈍行列車ならではの良さです。これで、駅弁が所々に残っていれば申し分ないのですが、時代は、それらを取り去って行きます。
 工事中の大きな橋がありました。 位置からすると広島空港へのアクセス用でしょうか。
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 山陰の石州瓦の系統でしょうか。赤瓦の美しい民家が目に付きました。 旅する楽しみの中に、地域文化との出会いがありますが、この地ならではの景色に出会えるのはうれしいものです。
 ただ、そのような地方色の残る民家も、核家族化と共に、量産の企画住宅などにとって代わられ、全国的に少なくなっているのはさみしいことです。

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 広島市内を元気に走る路面電車「広電」です。(JR駅前にて)
 今の車社会にあって、路面電車(市電)の残る街は、どこもが、行政を預かる上の方々だけでなく、市民も、しっかりした価値観とポリシーを持っているように思えて、私は好きです。
 それは、車だけの利便性を考えず、車を使えない人たちの足の確保をも考える。つまり、自分の都合だけで物事を推し進めない、人としての温もりを強く感じるからです。
これらの人々には、人だけの都合でなく、もの言えぬ自然界に対しても、配慮が期待できます。

 広島の路面電車については、下記「広島電鉄株式会社」のHPをご覧ください。
               http://www.hiroden.co.jp/ 
 
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 初めて訪ねることが出来た「原爆ドーム」です。
 何とも言えない不思議な気持ちになりました。
   巨樹の下に立ったときの感覚とも似ています。
   阿修羅や薬師如来の前に立ったときの感覚とも似ています。 
   ただ、もっと不思議な大きな力を感じ、思わず手を合わせました。

 人類が核兵器を初めて使ったための悲し過ぎる出来事でした。
 何十万もの一般市民の命が奪われ、後遺症に苦しまれた爆心地です。
 私は、まだ生まれていませんでしたが、くり返し原爆や戦争の悲惨さを聞かされました。
   「NO MORE HIROSHIMA ! 」です。

 人間は、なぜ争うことから抜け出せないのでしょうか? 
 なぜ、力のある者が、ない者をいじめるのでしょうか?
 本能で片付けるには、さみしいです。
 欲を持ち過ぎるためのように思いますが、いかがでしょうか。

 先ごろ、オバマ大統領が、アメリカは唯一核兵器を使用した国であるからこそ、核兵器の削減に責任があるとの見解を述べていました。
 世界中の多くの人々の願いに向かって、各国力を合わせて平和な世界を築きたいものです。

 原爆、そして、戦争で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。  合掌





 ■せっかくの宮島が…

 少し時間がありそうなので(注)、再び路面電車に乗って「安芸の宮島」を目指しました。
(注:) 以外に思われるかも知れませんが、私は、旅に出るときは時計を持って行きません。
     実は、普段も、持ち歩かないことが多いです。
     腹時計と、太陽の位置で判断しています。 ±1時間くらいですが。
     ですから、電車などは、来たものに乗ります。
     勿論、失敗もありますが、それも旅の楽しみです。
     どうしても時間が知りたいときは、近くの方にお尋ねします。
     そうです、これって土地の方とお話しするきっかけにもなっているのです。

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 今回のは、ちょっとおしゃれな電車です。 5000形グリーンムーバーとのことでした。
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 「広電」にも感心していたのですが、車窓からの風景で、またまた広島の街に感心してしまいました。 さすがです。
    「何が?」
 それは「街路樹」です。 上の写真が車窓から見た「広島市内の街路樹」です。 活き活きしています。
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 こちらが、全国各地で最も多く見られる「平均的街路樹」のある風景です。
上の「広島市内の街路樹」と比較してみてください。

  この差を解っていただけたと思います。
私たちが、樹の立場だったら辛く悲しいことです。

 結局は、「市民の意識」と思います。 
新しい道路が出来ると、「ぜひ、街路樹を!」と、おねだりして来た結果です。
行政は、市民へのサービス機関です。市民の要望が高ければ、何とか実現させざるを得ないのです。
「樹を植えるのはいいことだ。」と考える方が多いのですが、闇雲に植えても、本当の良さは得られません。
適地がありますし、植え過ぎても、混み過ぎたりしますと、いい樹や森にはなりません。
その後の管理のことも考える必要があります。
樹木も命がありますから、無駄な剪定を繰り返すことなく、本来の活き活きとした姿・形にしてあげたいものです。
そうすれば、その樹がもっている本来の姿で、私たちをいやしてくれます。
樹は、最低でも30年〜50年後も考えて植えることが大切に思います。
そろそろ、一過性のイベントで樹を植えることからは、卒業したいものです。

 街中に緑陰がほしいのであれば、狭い路肩に無理やり植え込むのでなく、例えば300〜400mおきくらいに、小さな緑陰公園を造り、そこに元々その地に在った樹木を植えるようにされたらと思います。
勿論、植えた樹は、可能な限りのびのびと、自然仕立てです。
ちょんちょん切るのは、盆栽の世界か、庭木に任せましょう。
緑陰公園には、水場や、ベンチ、トイレなども置けば、いやし空間としての価値も高まるでしょう。
 読書や、お茶を飲む空間にしてもいいでしょう。 詩や絵が展示してあってもいいでしょう。

 各地にシャッター街が多くなっていますから、今がチャンスと思います。
需給のバランスを考えないで、再開発や店舗の誘致をしても、結果は目に見えています。
日本らしい、ゆったりと、魅力のある街にすることが大切に思いますが、いかがでしょうか。
電線の地中化と共に、日本の街も、景観を良くするために舵を切りませんか。
あなたの街から。 
そのためには、あなた自身も動いてみましょう。
最初は、自分の街の街路樹のチェックです。
景観はいかがですか? 年間の維持費は?
関心を持つことで、多くを知り、多くを学びます。 学んだら行動です。
そうして、街が、地球が、よくなって行くように思います。

 なお、下段タイプの街路樹は、景観も悪化させ、毎年繰り返す剪定などの維持管理で、税金の無駄遣いにもなっています。
街路樹は、広い道路だけにしたいものです。
何でもほしがると、結局は、魅力がなくなります。

   街の中に小さな森が点々とある。(瀬戸内の島のように)
   それらを頼って野鳥などが訪れる。
   水場ではトンボが産卵する。
   そして人間もくつろげ、いやされる。

 巨費を投じて、一旦絶滅した○○などの、可能性の低い復活プロジェクトよりも、身近で出来ることと思うのですが。 いかがでしょうか。




 いよいよ宮島

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 JR宮島航路です。 青春18きっぷでも乗れるのです。(^ ^)
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 宮島の最高峰:弥山(535m)です。中々の険しさです。
三角点もありますが、今回は時間もないので登りませんが、こうして海から眺めていると、屋久島や利尻島が思い起こされます。
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 大鳥居と厳島神社が見えて来ました。
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 「んん・・」 イメージと違います。
そうでした。 潮が引いているのです。 潮干狩りの人で一杯です。
下船後知ったのですが、今年に入り一番の引き潮の時に宮島へ行ってしまったようです。
海知らずの山育ちの悲しさです。 反省です。
でも、でも、です。 考えに方よっては、普段は見られない厳島神社や大鳥居が見られたのですから、ラッキーともいえるのです。 水の中に浮かぶ厳島神社や大鳥居を見る楽しみは、次にとっておきましょう。
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 水の中に浮かぶ神社とはいきませんでしたが、さすがに日本三景「安芸の宮島」、世界遺産「宮島」です。
 厳島神社は平家一族の崇拝を受け、平清盛が現在の社殿を造営したと聞きますので、人のいない海辺で、一の谷で敗れた笛の名手・平敦盛を偲んで「青葉の笛」を、篠笛で奏でさせていただきました。
 意外なことに、ギャラリーの方が来ていました。
メキシコの方に、ノルウェーの方もいました。 
「 SHINOBUE is good!」とのことでした。(^ ^) 音楽に国境はないようです。
「宮島」は、世界遺産でしたから、みなさん、お出でになるのですね。

 名曲「青葉の笛」については下記「季節の花」さんのサイトをご覧ください。篠笛ではありませんが曲も聴くことが出来ます。
        http://www13.big.or.jp/~sparrow/MIDI-aobanofue.html
  
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 宮島にあった広島風お好み焼き「くらわんか」さんにあった絵です。
船の上でお好み焼きを焼いています。お好み焼きも歴史があるようです。 また、一つ学びました。
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 私は、広島風お好み焼きは初めてでしたが、これだけ大勢の観光客が来られる所には珍しく、とてもとても、おいしかったです。 「くらわんか」さん、お薦めですよ。
 「くらわんか」さんのHPがありましたので、載せますね。

          http://kurawanka.web.fc2.com/index.html   
          宮島へお出でのときは、お立ち寄りください。 


 半日ほどの小さな旅でしたが、多くのことを感じ、学んだ旅でした。
帰りはJRで、いねむりしながら、尾道、向島へと戻る私でした。 


補足:

 今回の旅の引き金は、
昨年の12月25日に、母の49日法要の帰りに立寄った、雪の会津高田の「会津野YH」で同宿になった広島からの一人旅のご婦人でした。
  そのときの旅模様です。 
  http://yamanenone.at.webry.info/200901/article_2.html 
  
 ご主人が旅立たれた後、自由になったからと、70歳になってから一人旅を始められたそうです。
「わち、今が青春よ。18きっぷは、ええじゃね。」と、明るく笑っておられました。
身支度もしっかりとされていて、くるぶしまでのウォーキングシューズにスパッツ、毛糸の帽子、襟巻き、厚手のコートなど、登山者のようにしていて、「毎日、宿へ着いたら、心配かけんよう、子どもと孫にメールしてるんよ。」と、可愛いい笑顔で語ってくださいました。
連泊の方でした。 旅のこと、広島のこと、いろいろ語ってくださいました。 それも、広島弁です。(^ ^)
 とても可愛いらしいご婦人でした。
…広島の女性は、みなさん、可愛いかったです。 (本当ですよね。広島の男性諸氏さん)

 先回の青春18きっぷの旅は、実母の法要帰り、今回は、義母の葬儀直後でした。
こんなときに旅に出してくれた妻や、関係の方々に改めて感謝感謝です。 ありがとうございます。

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2009年春 「青春18きっぷ 小さな旅」 D尾道

2009/04/16 23:51
4月8日 
 島巡りの後、尾道の街に出て浄土寺山へ登ったのですが、その往き帰りの街の中で眼にとまったことについて書きます。
 浄土寺山については、「番外編 三角点・尾道」をご覧ください。

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 「林芙美子像」です。昨夕は道路の反対側を通ったので気づきませんでした。
 「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」の花は、何をさしていたのだろうか?
自分自身の人生を花に例えたのだろうか? あるいは何となく生きている私たちへのメッセージだったのだろうか?
 「放浪記」は半自伝小説と言われています。 昭和初期にあって、あの自由奔放さと情熱は、どうして生まれたのだろうか? 他人を気にすることなく生きたように思える芙美子。 生きるためなのか、愛のためなのか、あるいは私たちには判らない芙美子自身の心がそうさせたのだろうか。 貧困の中にあって、母への絆と、文学への想いを保ちながら、明るく生きた林芙美子。
「林芙美子像」を見ながら、しばし、そんなことを思い巡らすのでした。
 
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 昨夜、乗せていただいた「福本渡船」です。
 今回宿泊でお世話になった「B&B潮風」さんによれば、尾道の街から向島への渡船は複数あり、西から@向島運航(通称:駅前渡船)…尾道・駅前〜向島・富浜 、A福本渡船…尾道・土堂〜向島・小歌島 、B尾道渡船…尾道・土堂〜向島・兼吉、C宮本汽船…尾道・山波〜向島・肥浜 があるとのことでしたが、駅に近い駅前渡船が、向島側の桟橋が落ちて運休中でしたので、「B&B潮風」さんに教えていただいた「福本渡船」に乗ったのでした。
 私の渡船へのイメージは、航路が1〜2本と思っていましたので、「これだけたくさんあって、それも、朝早くから夜遅くまで、安い料金で数分おきに出ているのには驚きました。」と言うと、「島の足ですから。」との答え。
そのときは、よく理解できなかったのですが、何度か往復しているうちに、いつの時間帯も利用者の多いことで、理解できたのでした。 なるほど、人口2万5千の向島の通勤、通学、買い物などの足になっているのです。
 ちなみに料金ですが、「福本渡船」の場合、大人60円。 普通車(4m以上5m未満)で100円(ドライバー1名分含む)です。
 「福本渡船」場から東に1.2Kmほど離れた橋を渡った場合は150円でしたから、街へ来てからの駐車場の問題なども考えれば、利用者にとっては渡船の恩恵は十分あるようですが、経営的には、ご苦労があるかと思われました。

 渡船についての詳細は、下記の尾道市港湾振興課、航路、旅客船HPをご参照ください。
       http://www.bbbn.jp/~kowan/sightseeing/map.html#guide1

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 向島へ向かうときの船内です。 帰宅する高校生たちがたくさん乗っていました。

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 尾道水道の船たちが、旅情をかきたてます。対岸は向島です。
瀬戸内は波が穏やかなせいか、通常の港のような防波堤などは見当たりません。
海を見ることのない所で育った私にとっては、このような海は、一日見ていても退屈することはありません。

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 年代ものでありながら、現役の井戸です。とてもきれいにしてありました。
 向島もそうでしたが、尾道の街中のいたる所に、このような井戸がありました。
尾道に限らず、雨の少ない瀬戸内地方の人々の水への想いが、「水を大切にする文化」を築いて来たのでしょう。 いろいろと教えられました。

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 尾道の街は、街全体が博物館のようで、古い物が大切にされていました。
ただ、気がかりは、シャッターを閉めたお店が多いことです。
これは、日本のほとんどの商店街で起きている現象ですが、車時代になってしまった現代は、郊外型の大手スーパーなどに押されてしまいます。
 でも、尾道では、地形的制約などの影響か、車での買い物客は少ないようでしたが、明るい時間帯には、買い物客がいますので、工夫して行けば生き残れそうです。
 私たちは、どうしても楽なほう、便利なほうへと向かってしまいますが、多少の不便を苦にしないことや、尾道の方々が実践されているように、物を大切にすることが、シンプルで人間らしい生活に思います。
お金も、貯め込むと、いいことはありません。 少ないお金をやり繰りして使うほうが、物も大切にしますし、余分なものを買いません。 
 需要を考えず、シャッターを下ろした所に同じような店を作り、結果過当競争になって、閉店、新規開店を繰り返すよりも、いっそ、それらの空間を小公園などにして、そぞろ歩くことが楽しくなる街を目指すのも、尾道の街全体を考えたときに良いように感じました。
 旅人も、街で暮らす人も、足を止めて休んだり、物思いにふける空間は必要ですから。


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2009年春 「青春18きっぷ 小さな旅」 C島巡り 因島、生口島

2009/04/15 22:24
 4月8日

 思い込みは危ないものです。
尾道駅前にはレンタカーの取扱所があると思っていたのですが、「新尾道駅まで行かないとないですよ。」との、神戸から来ていたYさんとの話を聞いていた「B&B潮風」の女将・園生さんが、翌朝、新尾道駅まで送って下さり、どうにか「しまなみ海道」を通っての島巡りが出来ました。

 最初に訪ねたのは、因島の外浦(とのうら)にある「本因坊秀策」のお墓です。
本因坊秀策? 囲碁をやらない方には、どんな人物か判らないかも知れませんが、囲碁をする者にとっては尊敬の的なのです。
「秀策の布石」も有名です。高段者を目指す人で、「秀策の布石」を並べなかった人は皆無でしょう。将軍の前で打つ「お城碁」では、13年間19戦無敗と史上最強の棋士であっただけでなく、人柄も良かったため、多くの人に今もなお尊敬されているのです。
 漫画「ヒカルの碁」でも出てきます。私も、いつかは墓前に参り、時代を超えて、秀策さんと対話したいと願っていました。 (父は碁打ちでしたので、私の名前には、秀策さんの文字を一ついただいてあるのです。)

 「本因坊秀策」の人となりについては、「本因坊秀策囲碁記念館」の下記HPをご覧ください。
       http://honinbo.shusaku.in/shusaku.html

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 「本因坊秀策」のお墓です。江戸で猛威を振るったコレラ患者のお世話をしていて、自分も倒れ、34歳で亡くなっています。
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 文政12年(1829)本因坊秀策が生まれ、9歳で江戸へ出るまで育った外浦です。右手のほうに海が見えました。
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 本因坊秀策の生家桑原家の菩提寺・地蔵院です。
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 アケビの雌花が咲いていました。本因坊秀策も子どものときにアケビを食べたことでしょう。
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 本因坊秀策の書です。対局時の心得を述べています。文字には人柄が出るとも言われます。素晴らしい書と思います。
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 本因坊秀策の顕彰記念碑です。

 なお、外浦には、復元された生家と共に、「本因坊秀策囲碁記念館」があり、係りの男性の方が、とても親切に館内を案内してくださり、帰りには道中食べてくださいと、デコポンをくださいました。この方も、囲碁をされるとのことでした。


 次に訪ねたのは、生口島にある「平山郁夫美術館」でした。
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 私は、平山郁夫さんの絵は好きで、薬師寺の壁画も見ているのですが、生口島出身ということは知りませんでした。

 因島も、生口島も、向島も、とても素晴らしく、素通りでなく、各島最低3日はかけて、ゆっくり回りたいと思いながら新尾道駅へ戻りました。

■余談 
 レンタカーは、マツダのデミオでした。
 私は愛知に住んでいますので、普段はトヨタ車がほとんどですが、広島へ来たのですからマツダ車です。
乗り心地、動力性能、申し分ありません。
驚いたのは燃費です。レンタカーですので、満タン返車ですよね。
駅前のスタンドで給油し、いくらですか?とたずねたとき耳を疑いました。再度確認したのですが、とっても安かったのです。
 マツダさん、そして、広島カープさん、応援してますよ。
 

 
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2009年春 「青春18きっぷ 小さな旅」 番外編 三角点・尾道

2009/04/15 19:33
 4月8日午後

 朝食後、レンタカーで因島と生口島まで行った後、午後2時半頃から尾道の街に出て、尾道水道の眺めが良いとの浄土寺山の三角点を訪ねてみました。
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 浄土寺山へ向かう道の標高80m付近から見た尾道の市街地と尾道水道です。
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 三等三角点「尾道」178.78 mで、明治26年3月に設置されています。
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 山頂から見た大三島(今治)方面と尾道水道です。
 暫し眺めていると、瀬戸内の島々とのどかな海のイメージが浮かんできましたので、数曲奏でながら記譜してみました。後で仕上げたいと思います。
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 福山方面です。新尾道大橋と尾道大橋も見えます。
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 山頂から見た向島です。アンテナのある山が高見山ですが、このときは、翌日行けるとは思っていませんでした。「B&B潮風」の園生さんに感謝感謝です。
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 下りは、お寺に下る道を石仏などを観ながら下りました。
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 真言宗泉涌寺派 大本山 浄土寺の重文の庫裏および客殿です。個人的には、極彩色の建物より、こちらのような色合いが好きです。
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 重文の阿弥陀堂です。
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 国宝の多宝塔です。

 お昼を食べずに山にいましたので、山を降りるとすぐ、市役所近くの「つたふじ」さんで、お昼と夕食を兼ねた中華そばをいただきました。
 5時前でしたが、お客さんが一杯で、味も良かったです。
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2009年春 「青春18きっぷ 小さな旅」 番外編 向島の三角点

2009/04/15 16:39
 国土地理院の地形図を見ていると、いろいろな発見があります。
発見したら、現地へ行ってみたくなるものです。 結果、世界がますます広がります。
 「ため池」巡り同様、地形図とコンパスを頼りに、「向島」の三角点を訪ねました。

 8日の朝
  「B&B潮風」さんから直線で450mほどに、四等三角点「富浜」があることになっています。
近くには郵便局もあるはずです。朝食前に行ってみました。
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 四等三角点「富浜」標高2.62 mです。
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 ふだん見かけるのと違い、標石は砂の中に埋もれていて保護石もありませんでした。
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 三角点の設置してある所は小さな子どもたちが遊ぶ小さな公園ですので、つまずかないようにとの配慮のようです。それに車も入り込みませんから保護石もいらないのでしょう。国土地理院の柔軟な対応に拍手です。
 ちなみに、この三角点は平成17年7月設置と新しく、10数年毎に更新される1/25000地形図には、まだ載っていませんが、国土地理院の「基準点成果等閲覧サービス」(http://sokuservice1.gsi.go.jp/datums/)で、その存在を知りました。


 9日の朝
 次に目指したのは、三等三角点 「大影」 です。
前日の「富浜」は平地でしたが、今度は標高160mほどの山の上にあります。
8日の散策時、山歩きしていそうな方数名に、道の有無をお尋ねした結果では、南側に尾根に上る道があるが、他には…とのことでしたから、出来れば南から攻めようとしている私は藪漕ぎ覚悟で出かけました。
 なお、何人かの方に山の名前をお尋ねしたら、「土井の山」とのことで、「大影」との関連が判らずじまいでしたが、帰宅後、「点の記 」を改めて読んでみると「三角点は大影山の山頂にあり」と載っていて、「大影山」であることを知りました。
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 土井の集落から見上げた「大影山」です。正面に見えてる側が北斜面で、そこの不明瞭な尾根を桃畑のほうに下ろうと思っています。
 宇立天神さんのところから山の西側についている林道を南に向かおうとしていると、ウォーキングで下って来たご婦人3名の方がいたので、あいさつをしながら登山道のことをお尋ねすると、中、2名の方が判り難いからと尾根の取り付きまでご案内してくださいました。 
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 林道途中に咲いていたザイフリボク(バラ科)です。シデザクラとも言われます。
実は果実酒にもなります。実生苗が出来ますので、海外などの樹木や園芸種に目を奪われるのではなく、元々この地にあった、このような素晴らしい木を、公園や庭に取り入れ、日本の自然の素晴らしさを味わっていただけたらうれしいです。多くの方が関心を持つことで、自然は守られるのですから。
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 林道から見上げた「大影山」山頂へ続く、萌黄色の北側の尾根です。
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 糸崎方面を見たところです。
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 林道の峠です。西(写真右手)に小さな尾根があり、こちらはよく踏まれていました。瀬戸内の島々の景色が見えるそうです。
 私は、この地点から左手の稜線に取り付きました。
なお、金森道子さん、河本幸江さんは、ここまでご案内してくださり、再び山を降りて行かれました。
ご親切、ありがとうございました。
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 コバノガマズミ(スイカズラ科)です。花もいいですが、秋になると真っ赤に熟した実は、甘酸っぱくて、とてもおいしいので、現代っ子たちにも食べさせてあげたいものです。
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 コバノミツバツツジ(ツツジ科)と思われます。尾根筋にたくさん咲いていました。
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 木立越しに高見山(283.2m)が見えました。
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 三等三角点「大影」167.42 mです。明治26年3月設置ですので、風格がありました。 
 ちなみに三角点に使われる標石は、小豆島でそのほとんどが作られています。
    http://uenishi01.at.infoseek.co.jp/j090setsubi.html

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 山頂近くにもザイフリボクの花が咲いていました。清楚で風情があります。
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 山頂からは、コンパスで方向を確認して、道のない尾根を一気に下りました。
農道への出口には、階段がありましたから、マキを燃料として使っていた時代は、島の人がたびたび登っていたと思われます。
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 直ぐ右手には桃の畑があり、尾道水道が見えました。 
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 振り返ると下りに使った尾根がアンテナ塔の背後に見えました。
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 「B&B潮風」さんへの帰り道、初めて見たレモンのなった木です。(^^)
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 古い風格のある井戸もありました。ポンプの音がしましたので現役です。
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 味わいのある民家もありました。
 ちょっとした朝の散策ですが、いろんな発見や、土地の方との出会いがあり、「向島」が好きになりました。

 「大影山」は、自然の残る素晴らしい山でしたが、登る方は稀なようです。


■おまけ   9日 「高見山」へ行く

  「大影山」から見た「高見山」は、二等三角点がある上、向島で一番高い山です。
でも、「B&B潮風」さんからは、直線で3.5Kmほどあります。
気にはなるものの、とても朝の散策でいける距離ではありません。
 朝食後、「B&B潮風」さんのオーナーで、女将さんである園生(そのお)さんに、おねだりしてみました。
「いいわよ。今日の午後よりも、行くなら今からにしましょう。」即断即決です。感謝感謝です。
 同宿の神戸からみえたYさんもお誘いし、3人で、園生さんの素適なミニクーパーでの楽しいドライブになりました。(^^)
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 布刈瀬戸と因島大橋です。ちょうど貨物線が通って行きました。
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 女将さんの愛車と三角点です。
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 立花海岸で因島をバックにツーショットです。思わず目じりが下がるのでした。
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 さすがに二等三角点は立派でした。
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 眼下には沖条の集落と、城山、観音崎が見えました。Yさんは、将来この辺りに住みたいと言ってられました。
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 因島大橋方面です。
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 立花の町並みと布刈瀬戸です。立花は、かつて日本一の長寿の町だったそうです。 こののどかな里で、海の物と地の物の野菜を食べて、自然に暮らしていれば、そうなるのでしょうね。 道が良くなり、外から食べ物が入って来るようになったら、日本一でなくなったそうです。
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 東の福山側です。

 おまけのおまけです。
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 な、なんと、最近、仲間由紀恵さんが、この高見山に来たのだそうです。
展望台近くで草刈りをしていたおじさんたちが、「下から上ってきて、そこで写真を撮った…」と、教えてくれました。
向島や高見山の良さを知る人はいたのです。 
 
 ちなみにポスターに書いてあるコピーは

   ひとつ海の先に、いい旅が待っている。
     島から島へ、はじめての海を渡る。
     その先に待っていたのは、やさしい風とおだやかな海。
     瀬戸内しまなみ海道。
     過すほどに、わたしは
     島とひとつになっていく。
     それは、西にある。
     DISCOVER
     WEST

  
 私自身の、今回の旅そのもののようなコピーでした。 うれしくなりました。
こんないい旅になって、いいのかな。 
JR西日本も、瀬戸内も、そして向島も好きになりました。単純ですが。


 JR西日本のポスターは、帰りの電車の中で見つけていただき撮りました。(^^)
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2009年 春 「青春18きっぷ 小さな旅 」 番外編 向島のため池

2009/04/14 21:21
 早起きは三文の得と言われますので
島に滞在している間は早目に起きて、地形図とコンパスを頼りに、2時間ほどの散策をしました。
三文どころか、とても収穫のあった散策で、連泊の良さをつくづく思います。

 8日の朝
 準備して来た地形図の南の端に載っていた池を目指そうと、「B&B潮風」さんから進路を南にとりました。
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 最初に出合った「ため池」は、地蔵院のある交差点を、江奥にある「大池奥池」を目指しているときに、西瀬戸自動車道(しまなみ海道)をくぐる手前、左側にありました。
周囲がコンクートブロックで固めてあり、フェンスもありましたので、景観や生態的には△でしょうか。
名前は判りませんでした。

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 「大池奥池」です。 なぜか、名前に「池」の字が二つ付いています。
堤体にはセンダンの古木がありましたので、初夏には薄紫の花がきれいに咲くことでしょう。
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 池には園芸種?らしいスイレンがありましたので、イトトンボやギンヤンマなどがいそうです。 これで、在来種の水草があれば申し分ありません。
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 対岸の家の建っている岸辺には、かつて葦原があったそうです。
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 ウオーキングで通りかかったご婦人に池のことをお聞きしたら、堤体近くにお住まいの方で、10年ほど前まで田んぼをやっていたこと、先の台風で住宅地の護岸が崩れ、復旧工事で葦原が消えたことなどを教えていただいた上、甘夏をいただいて帰りました。
吉原さん、ありがとうございました。


 9日の朝
 今朝は進路を西にとりました。
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ため池?浅野家の庭園「海物園」跡の一部とのことでした。
水深はあまりありませんが、植物が豊富なので、イトトンボの仲間が期待できそうです。
 海が近く、昔からあったようですから、ヒヌマイトトンボもいた可能性があります。場合によっては今もいるかも知れません。
 なお、「海物園」は、「安芸の宮島」、「向東の賀島」とともに「芸州3名園」として知られ、文人墨客の往来が多かったようです。(山陽日日新聞 海物園より)
 http://homepage2.nifty.com/ONO_MICHI/MENU/sannichi2006/20060701a.htm
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 宇立の天神様で、近くには「宇立天神雨池」(上池)と、養鯉池になっている「天神下池」がありました。
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 上3枚とも、「天神下池」です。
 この日は、近くの三等三角点「大影」を目指しました。

 9日の午前
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 「新池谷地」です。
この池の載っている地形図は持って来てなく、「B&B潮風」さんに、同宿の方と高見山をご案内いただいた帰り道に、偶然出会った池でした。次に来るときは、ゆっくり見たいと思います。


 10日の朝
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 宇立天神雨池(上池)です。かつてはもっと大きかったようです。
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 感想
 「B&B潮風」さんに3泊している間に、「向島」の「ため池」を5ヶ所、観ることが出来ました。
私にとって、島の「ため池」は初めてでしたので、好奇心で一杯でした。
帰宅後、国土地理院の1/2.5万地形図で確認すると、向島には38ヶ所も「ため池」があります。
日本のため池の8割ほどは江戸時代までに造られています。「向島」の場合、昔はどれだけあったのでしょうか。
 瀬戸内の気候と島という特異性などを考えると、「向島」には「水を大切にする文化」が息づいていると感じました。事実、対岸の尾道の街中にも、島の中にも、石で造られた年代物の井戸が、いつでも使える形で残っていました。
ただ、平坦部が少ないですから、止む無く公共用地として埋立てられたのもあるかと思います。
「ため池」の多面的価値を考えたとき、現存する38ヶ所が、いつまでも残ってほしいと願います。
 「向島」は、とても良いところです。
島でありながら、対岸の尾道の街には数分で行くことが出来る便利さがあり、文化の香りもします。
もちろん、島の中にも、ほとんどの物が揃っています。
その上、島の南側になると、風景も、生活も、全てが瀬戸内の島そのものなのです。

 観光で来られる方が、尾道の街だけで帰ってしまうのはもったいないと思います。
一般交通機関でお出での方は、ぜひ、渡船に乗り、向島を訪ねて見てください。
車でお出での方は、尾道大橋や新尾道大橋を渡られても良いですし、渡船を利用されるのも良いでしょう。
渡船は生活の足ですので、低料金で数分おきに出ています。
 そして、出来れば、島で数日泊まって見てください。
対岸から観る尾道水道と尾道の街、背後の山々は、とても新鮮です。
島の人々は、みな暖かく、旅人を迎えてくれると思います。
 時間が取れたら島をゆっくり歩いてみてください。
きっと、尾道が、そして向島が、瀬戸内が好きになると思います。
私は、3泊でしたので、ほんの少ししか見ていませんが、それでも、十分楽しめ、好きになりました。

 私は、これを機会に「向島」の全ての「ため池」を自分の目で確認したいと思います。
出来れば、因島と、生口島の「ため池」も確認したいです。
「ため池」ではありませんが、向島の「森金」にある湿地が気になります。

 今回は、朝方の僅かな時間の中での確認でしたので、蛙やトンボとの出会いはありませんでしたが、島の方などで詳しい方がおられたら、連絡を取り合い一緒に回ったり、ご教示いただければ幸いです。
 他の地方との一番の違いは、「ため池」とセットのことが多い「田んぼ」が見られなかったことです。
蛙やトンボにどんな影響を与えているでしょうか。興味のあるところです。

 最後になりましたが、散策で出会い、親切にしていただいた島の方々、わくわくして戻った私の「ため池」などのとりとめのない話を聞いてくださった「B&B潮風」さんに、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。
B&BのB(朝食)の部分も、とてもおいしかったです。「ままかり」は、岡山以来でした。

 ・家庭的民宿 「B&B潮風」 http://island.geocities.jp/sonoo_py/home.html

 ・「残そう!ため池」 http://tameikes.blog59.fc2.com/ 私のサイトです。




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2009年 春 「青春18きっぷ 小さな旅 」 B尾道

2009/04/14 18:55
 4月7日

 途中下車したため尾道に着いたときは5時40分を過ぎていました。
宿へ入る前に尾道水道の夕陽を見ようと、踏み切りを渡り千光寺山の西側の展望台へと急ぎました。
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 なるほど、尾道は坂の町です。
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 坂の途中には小学校があり、小さな運動場で子どもたちが元気に遊んでいました。
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 初めて見る尾道水道です。 対岸までは200mほどでしょうか。
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 尾道は城下町だったかな?と目の前に現れた城を不思議に思ったのですが、安普請の城モドキでした。
この手のものは規制出来なかったのでしょうか、放置され荒れたままで残念です。
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 尾道水道の福山側です。向島大橋も見えています。
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 桜がきれいで、山頂広場は大勢のお花見客で一杯でした。
 夕陽を待とうとしたのですが、太陽の位置が山側であったことと、初めての所で暗くなったら心配と、夕陽は、またの機会にして山を降りました。
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 重厚な三重塔がありました。 この手の塔を上から見たのは初めてで、やや違和感がありました。何となく寸胴です。 後で判ったのですが、元は五重塔だったとのこと。 お寺はシダレザクラで有名な天寧寺です。
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 急な坂です。生活している方々のご苦労を思います。
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 踏切を渡り、海岸通に出て、西へ少し行き、「花あかり」と言う海鮮料理の店で、窓の外の行き交う船を見ながら夕食をとりました。
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 「福本渡船」の船乗り場です。 海のない地に育った私には、旅情を感じます。
 今回の宿は、この船で渡った向島にあります。 名前は「B&B潮風」で、3泊します。
偶然たどり着いたHPを見て決めたのですが、期待出来そうな宿です。
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 2〜3分で向島に着きました。対岸には尾道の街の明かりがゆれています。

 船を下りて、500mほど歩いた、中学校の校舎の目の前が「B&B潮風」さんでした。
「いらっしゃい!おつかれさま…」第一印象は、申し分のない三ツ星です。 (^^)
2階のゆったりした部屋へ案内されました。
所々に、布絵が飾ってありました。

   民宿「B&B潮風」さんのHPです。  http://island.geocities.jp/sonoo_py/home.html

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2009年 春 「青春18きっぷ 小さな旅 」 A福山城

2009/04/14 17:39
 4月7日

 鞆ノ浦の帰り、駅から直ぐに福山城があったので、寄って来ました。
午後5時になっていましたので、お花見の人たちが集まって来ていました。
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 戦災に遭いましたが、1966年再建の天守閣です。
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 こちらは筋鉄御門(すじがねごもん)で、国の重要文化財に指定されています。
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 伏見城から移設された伏見櫓で、矢張り国の重要文化財です。
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 駅舎を出て道路を渡ると福山城でした。

 なお、伏見城については、伏見城博物館のHPをご覧ください。
    http://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/fukuyamajyo/history/
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タイトル 日 時
2009年 春 「青春18きっぷ 小さな旅 」 @鞆ノ浦 (福山市)
2009年 春 「青春18きっぷ 小さな旅 」 @鞆ノ浦 (福山市)  4月7日 ...続きを見る

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2009/04/14 17:08
青春18切符の旅 そのC飯山線
青春18切符の旅 そのC飯山線  雪でどの列車も遅れていましたが、大量の新雪は、車窓の景色を素晴らしいものにしてくれました。 ...続きを見る

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2009/01/04 18:47
青春18切符の旅 そのB只見線
青春18切符の旅 そのB只見線  会津は、戊辰戦争の際、東北における戦いの中心となった土地です。 良い悪いは別として、錦の御旗をかざし、我こそは正義なりと押し寄せる官軍に、 婦女子までもが武器を持ち抵抗した地域だけに、良く言えば地域としての魂があり、今風に言えばKY(時流が読めない)となるのかも知れません。  しかし、人、自然、共に捨てがたい魅力の地です。 今回、数十年ぶりに、会津と新潟を結ぶ雪の只見線に乗って来ました。 ...続きを見る

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2009/01/02 18:37
青春18切符の旅 そのA水戸周辺
青春18切符の旅 そのA水戸周辺  箱根のYHでは朝食をとらず、一番のバスで小田原へ降り、入線していた新宿行き湘南ライナーに乗るつもりが、ドアが閉じたままだったので待機していたら、出て行ってしまいました。 仕組みを知らなかった故の失敗です。 気を取り直し、その後、東海道本線、京浜東北線と普通列車を乗り継ぎ、上野からは常磐線快速取手行きに乗車し、取手で乗り換え、水戸を目指しました。 ...続きを見る

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2009/01/02 08:01

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